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第三十七章 濃霧  9

 ドアに向かっていくと、余計に風が吹き込み、前に進めなくなってきた。しかし、気持ちは前に進む。ここから抜け出せるのなら、こんな風くらいと思った。

 ドアは廊下に面していて出ると、白い壁がずっとつづく。風が吹き込む方向へと進んでいくと、青空が覗いていた。

「外?」

そばまで来ると、そこは非常口で踊り場があった。下へと続く非常階段がつづいているが、下は霧に包まれてみて見えない。見えあげると、太陽が照り付けていた。

「はぁ、はぁ、ここはどこだろう。」

「ここは、『ビーハイブ オブ グラス』だ。」

 レインが振り向くとトニーが立っていた。

「気分転換にって、開けて置いたんだよ。気分はどう?」

「気分はどうって・・・。外に出られるなら、逃げなくちゃ。」

「逃げられないって言ってるじゃないか。」

「逃げられないってわかってるから、ドアを開けたの?」

「どうかな。」

 レインはうなだれた。気落ちしたとともに、絶望感につつまれた。トニーはレインのかたを優しく抱いた。

「さぁ、部屋にもどろう。」

「もどりたくない。」

「もどらないと。」

「とにーはここがどこか知らないの?」

「知らないね。」

 見渡す限り下は濃霧に包まれた。頭上には太陽が輝いているので、濃霧はまるで雲海だった。

「高度が高いね。見渡しても雲より突き出た山脈とか見えないから、わかりやすいんじゃないのかな。」

 ジリアンのことが頭によぎった。ジリアンなら、場所を特定できたかもしれない。

「うんでも、地図には記されていない場所だから、わからないと思うよ。」

「そんな、ここは天国じゃあるまいし、地図に記されていない場所があるなんて。」

「ま、天国みたいなものだな。」

「天国じゃないよ、地獄だよ。」

「いずれ、死に至る。それまで、苦しみを苦しみと感じるか否か。」

 レインは立ち上がって冷たい視線をトニーに向けた。しかし、トニーは笑顔をレイン向ける。

「レイン。苦しみや辛さがあってこそ、人間って強くなれるのだよ。」

 肩にふれられた手が冷たく感じる。

「君は諦めないでほしい。そういう気持ちを込めてドアを開けたよ。」

 意外だというような顔つきでトニーをみていた。どこかしら、寂しさがにじみ出ている感じがした。

「トニーは諦めちゃうの。」

「諦めるというか、だめなんだ。」

「だめ?」

「逃げても、だめなんだ。」

「帰るところがない。君にはあるだろう。」

 レインの脳裏に浮かんだのは、ジリアンやロブ、レテシアたちの姿。

「トニー、家族は?」

「もう、いないよ。それに・・・。」

「それに?」

「僕はキャリアなんだ。」

「キャリア?」

 トニーは足首を手に持ち、足の裏をレインに見せた。赤く痣ができていた。

「感染症のキャリアなんだ。いまはここ、『ビーハイブ オブ グラス』でワクチンを打たれているから発症しないけど、ここを逃げ出したら・・・。」

「実験台にされてしまってるわけ?」

「うん。」

 トニーは笑顔で答えた。その笑顔がむなしくて、レインは泣きそうになった。

「強くなろう、レイン。泣いてはいけない。」

 レインをやさしく包み込むように抱きしめると、首筋に指を当てた。

「人を思い、愛することの意味を知れば、君に温情が与えられる。生きることを諦めなければ、かならず、掴み取ることができる。」

「トニー。」

「僕がフェンシングで学んだことだよ。」

 足下に広がる雲海が風にあおられ波打つようにうごめいていると、かすかに何か聞こえてきた。トニーは耳を澄ました。

ピッピュー、ピッピュー

 鳥の鳴き声だった。トニーにはそれが幸運の知らせだと感じ、レインに部屋へ戻るよう促した。


 考えたくはない思いと反比例して、レインは考えた。トニーの気持ちがどこにあるのか。自分自身が逃げ出すことが出来ないから、レインを逃がそうとしているのか。逃げ出すことなどできないとわかっていてその可能性をレインに求めているのか。向けられた笑顔がはかなげで印象的だったので、目を閉じても浮かんでくる。

「愛することの意味って何?」

 つぶやいたところで答えが出てくるわけでもない。首筋に手を当てると、青いスカーフを思い出した。緑のラインが入ったスカーフ。エミリアの想いがこめられていたのだろうか。目を閉じて瞑想する。そして言葉にする。

「愛してるよ、父さん。愛してるよ、母さん。愛してるよ、シーアリア。愛してるよ、ジル。」

 言葉に出来ないもどかしさ、頭の中にもやがかかったように、はっきりとしない。胸も苦しい。

「人を想う。」

 ほんとうに寝言で、名を言ったのなら、無意識的にはそれを認めている。首を横に振り、自分の頬をたたいた。

「ほんとうに苦しいのは辛いのは、トニーのほうだ。きっと、絶望感でいっぱいなはず。」

 トニーが教えてくれようとしていること、それが愛なら、認めることで確信することで、チャンスをつかむことができるのかと、レインの中で思いはじめた。そして、こころなしか気持ちが軽くなった。まるで、あたり一面濃霧だったのが、足元から消えて、はっきりしていくかのように。

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