第三十七章 濃霧 8
ウィンディがテオに詰め寄っていた。
「ここから、出して欲しい。」
「どこへ行くつもりだ。」
「スワン村にでも行って・・・。」
「除隊するつもりか。」
天井を仰いで首を振った。目を閉じれば、涙がこぼれそうだった。
「レオンと一緒にいるのが辛いのか。」
「そうね、そうかもしれない。」
赤い髪を素の色にもどしたレオン。染めている必要性もないだろうということになったのだが。本当のところ、辛いのはクレアに似てるステファノと一緒にいていることだった。レオンは気づいていたが、テオにはまだわからなかった。
「パトリックの正体を知っていると言っていたな。彼に会うことはできないか。」
「わたしが?」
「ああ。我々は会う必要があると思うのだが。」
ウィンディは鼻であしらうように言った。
「会ってもしかたがないわ。ただのエロイおっさんだもの。」
呆れた顔のテオはウィンディに近づいて言った。
「そういうことを言ってるわけじゃない。」
「わたしもわかっているつもりよ。会ったところで、大事なことには触れないっていうことよ。」
「はぐらかされるということか。」
「そう。肝心なことは話さない。私には気を許したかもしれないけど、あなたたちには打ち明けないわよ。」
「一刻も早く、助け出しに行きたい。」
「わからないわけじゃないのよ。パトリックだって、あの子達がいうように、レインを見殺しにしたりしないと思うの。考えあってのことだから、指示があるまで、待つしかないのでしょう。」
ふたりは他の者たちと別室で会話をしていたが、二人っきりになっていると知っていたレオンは気が気でなく、ホワイトソードの操縦室で落ち着かない様子で動き回っていた。ステファノはそのことを知らず、落ち着きのないレオンはレインのことで気に病んでいるのだろうと思っていた。
エリクを人質に、ニコラはホワイトソードに出て、パトリックの支持を仰ぎに言った。エリクを殺すつもりはないことはわかっているが、パトリックには順調だと報告するように言われた。
「パトリックにわからないようにするなんて、できない。」
ニコラはつぶやいた。
ニコラがもどってくると、ホワイトソードの操縦室に張り詰めた空気が漂った。緊縛されたエリクはうなだれていて、身動きしていない。
「まず、知らせておく。」
ニコラはステファノのほうをみた。目があった様子から、ステファノはその知らせが残念なことだとわかった。
「赤毛のソアラはこっちにはもどってこれなかった。」
「あぁ、どっちにしろ、安易な作戦だったな。」
ステファノの吐き捨てたもの言いは、レインを女装させて人身売買で餌にしようとした計画をバカにされたことも含めていた。
「で、どうするって言うんだよ。」
「まだ、手は打ってある。」
「へぇ、まだ、打つ手があったのかい。」
「ああ、あまり状態がよくないけど、餌に喰らいついたみたい。」
「もったいぶって、何だよ。」
ニコラはこころが痛くて、すぐには言えず、小声でつぶやくように言った。
「エミリア=サンジョベーゼ。」
「はぁ~、聞こえないな。」
「エミリアだよ!」
「何だって!」
大声で叫ぶように言ったのは、レオンだった。一瞬で顔を赤くして怒り、ニコラに詰め寄った。
「ど、どうして、そこで、エミリアさんが出てくるんだよ。」
「レインを餌にしたからには、使えるものは使うって・・・。」
「エミリアさんをどうするんだよ!」
その場に居合わせたウィンディが言った。
「レインを苦しめるためでしょう。」
ニコラは顔を背けた。レオンはニコラの胸倉をつかんだ。
「パトリックが考えたんだな。」
レオンの顔を見ないようにして、ニコラは経緯を話した。
「向こうに入り込ませた者に、エミリアの情報を握らせておいた。そして、エミリアの情報を得ようと向こうが動いていることが分かったのさ。」
「はぁ~、なるほど。エミリアをつかって、場所を特定させようというわけか。」
「軍が動くとでも思っているのか。」
レオンは震える手でニコラをもちあげいくと、ニコラはうめき声をあげた。
「うっう。」
「やめろ!レオン」
それまで身動きしなかったエリクは叫んだが、レオンはとめなかった。
「違う、違う、違う。エミリアさんがうごけば、あの女性が動くんだ。」
ウィンディはハッとして、テオの顔を見た。テオは静かにうなづき、口にしたのはステファノだった。
「皇女殿下か。」
意識朦朧とするなか、目の中に光が差し込んできて、目を閉じてもまぶしく感じていた。体中が痛いので、体を動かせることができない。微かに風を感じる。今まで、風を感じたことがなかったので、今いる場所のどこかに通気口があるのだろうと、ぼんやりと考えていた。すると、勢いよく風が吹き込んでいて、壁にあたる音がした。レインの心の中に風がつよく吹き込んできたかのようで、目が覚めた。目の中に飛び込んできた光とともに、一面六角形のガラスで敷き詰められた天井が見えた。打撲の痛みに耐えつつ、体を起こし、風が吹いているほうへ向くと、ドアが開いていた。
「え?!」