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第三十七章 濃霧  7

 剣さばきで、相手を傷つけることはできない。しかし、レインはずっと、傷つけられている。レインの中で自問自答がつづく。このままで、一方的に傷つけられていいのか。怒りがこみ上げても、相手を見て睨むことしかできない。そして、相手はニタニタと笑ってくる。楽しんでいるのは明らかだ。力の差がありながら、弱いものをいたぶって楽しんでるようにしか思えない。息もたえだえに、攻撃を交わす。それでも、睨み続けるのは止めなかった。

 後方にトニーが静観していた。一応、フェンシングの準備をしている。二人の様子をみて、こころのなかで祈っていた。

 会話はない。攻撃する時に発する声や攻撃を受けた声、ステップを踏んだり床を滑る足音ぐらいしか聞こえない。

 万が一にそのとき、レインは相手の肩を剣でつくことができたが、剣先を握られ、折られた。

「あ。」

 一瞬驚きの表情をしたものの、すぐに睨んでみせたが、相手は恐ろしい形相をして、レインを威圧した。怯むことなく、怒りの表情を向け、握っていた折れた剣を捨てた。

「あなたが、グリーンオイル製造会社の社長なら、なぜ、このように、弱者をいたぶる様なことするのですか。」

 恐ろしい形相は一変した。

「くだらない。」

「なぜですか。レッドオイルを製造しているのですよね。製造会社の社長でありながら、大量に人の命を奪う兵器をつくっている。それは・・・。」

「それは?」

「それは、デ・ミスト博士の意に反するのではないですか。」

 相手はニヤリと笑った。

「だから。」

「だからって・・・。」

 相手は、レインの腕の傷を強く握った。

「うっぐぅ、がぁ。」

「大量殺人兵器を欲しがる者たちがいる。作らないと決めたとしても、誰かが隠れてつくってしまう。それなら、いっそのこと、つくってやろうと思ったのだよ。」

 レインの驚く顔に満足気で、相手はしゃべり出す。

「時間はかかるかもしれない。兵器を作って、欲しがっている者たちを殲滅することが創始者の願いにつながる。」

「そ、そんなこと、絶対に許されない。」

「だれが。」

「博士が。」

「この世にいない人に何ができるという。」

「では、世の中の人が許さない。多くの犠牲者のもとには、家族がいる。死を悲しむ人々が大勢・・・。」

 相手はレインの顔に鬼の形相で近づけ、大声で言った。

「悲しむことがないように、大勢の人間たちを死に至らしめよう。許す、許さないなんて、存在しない。」

 握っていたレインの腕を突き放し、レインは床に倒れこんだ。

 相手も怒りで震えているようだ。背中を向けているが、肩が小刻みに上下する。

「トニー!君が相手になるのだ。」

「はい。」

 トニーはわかっていたかのように、自分の剣をとり、レインの折れた剣の代わりを手にして、レインに差し出した。

「さぁ、立って。」

 トニーは優しく声をかけた。レインは今にも泣き出しそうで、痛めた腕をさすっていた。レインはよろめきながら立ち上がった。剣を握って、トニーをみた。フェンシングをする気持ちになれなかった。

「かまえ、かまえるんだ!」

 トニーが姿勢をとると、それまでの優しい顔が一変した。レインがトレーニングでも見たことのない怖い顔になっていた。レインは悟ったかのように、弱弱しく姿勢をとった。

「はじめ!」

 レインは逃げてばかりだった。トニーは容赦なく攻撃をした。時々応戦するものの、相手を後方に下げることはなかなかできなかった。トニーはレインに傷をつけることはないので、トニーの主は舌打ちをした。その様子を知って、トニーはレインを傷つける攻撃をはじめた。

 レインの着ていたブラウスは切れ切れになり、血で赤く染まっていた。トニーは心を痛めていた。弱いものを痛めつけることなんて、性格に合わない。思い切って、目を指し、傷つけてしまえば、もう、こんなフェンシングはしなくて済むだろうと考えた。レインに隙ができ、トニーは実行しようとしたが、剣先はレインの目の前で止めた。トニーは歯を食いしばった。心がとがめたのだ。

「なにをしているのだ!止めを刺さないのか。」

「申し訳ありません。アレックスの子孫を傷つけることなど、わたしにはどうしても出来なくて。」

「アレックスの信望者か。」

「祖父母が恩恵に与かったものですから、幼い頃からアレックスの話を聞かされてきたのです。」

 トニーが剣を納めると、トニーの主は指をパチンと鳴らし、レインは床に倒れこんだ。トニーは驚きの表情でレインにかけより、主に言った。

「まさか、実験台に。」

「つまらないからだ。実験台にして、ロブの狼狽する様子を見物するとしよう。」

「待ってください。まだ、まだ、楽しむことができると思います。」

「何を。」

「レインはうなされている時、名前を叫びました。」

「ほほう。」

「エミリアと。」

 トニーは名前だけ言って、性は伏せた。本当は名前など叫んでいなかった。

「調べさせよう。」

 そう、言って、その場からいなくなった。

 トニーはレインを抱きかかえ、左首筋を指でなぞり、ある箇所を指で押さえこんだ。

「君は僕にとって、最初で最後の弟子だよ。僕よりは長く生きていて欲しい。もし、次回対峙することがあったのなら、僕の弱点を教えておくよ。」

 レインの耳元でささやいた。トニーは言い終えると、レインを抱きしめて、嗚咽して言った。

「君には帰る場所がある。僕には帰る場所がない。」

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