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第三十七章 濃霧  6

 パトリック=クロスは、赤毛のソアラとフェンシングの名手トニーを引き合わせていた。そこには、エリクとニコラもいた。

 赤毛のソアラには年の離れた弟がいた。誘拐されて人身売買にあったと聞いたのはパトリックからだった。ニコラが人身売買の犯罪グループから逃げ出したときに逃げ切れなかった少年がソアラの弟だった。そして、グリーンオイル製造会社の研究所から逃げ出したものの死体となって、川に流され発見された。ソアラは弟に母親の写真を入れたロケットペンダントをつけさせていた。それが証明になった。弟は行方不明になったとだけ聞かされていた。しかし、身売りされているとは知らずに、人身売買の犯罪に加担してしまい、自分を恥じた。罪の償いのつもりでパトリックの計画に賛同した。

 トニーは最初から身売りされたわけではなかった。身売りの話を聞かされ断ったあと、事情が変わった。父親の事業が失敗したのと、巻きこまれた事件で多大な人命を奪うこととパトリックから聞かされて未然に防いでもらったことだった。事件はレッドオイルと関わりをもっており、パトリックの計画に賛同することとなった。


 パトリックはグリーンオイル製造会社の社長の所業を知り、憤りを感じていた。妹を嫁に出した責任と、もうひとつの顔で___それが本当の顔だが____グリーンオイルへの思いは強い故に許せないと決心したからだ。二つの顔をもつパトリックにとって、正方向でグリーンオイル製造会社と対峙できないと、ロブ=スタンドフィールドを利用するつもりだったが、思惑通りにいかないと悟ったのはレテシアが子供を出産したことに起因した。利用するのはロブではなく、レインにすることで、製造会社の悪事を表ざたにしようという計画をたてた。

 ニコラは反対した。まだ、10代のレインを利用するのに心がとがめるから。騙すのも気が進まなかった。ソアラやエリクに異存はなかった。ただ、トニーは釈然としなかった。世間をあまりよく知らない少年をつかって計画通りに進めるとは思えなかったからだ。

 ただ、一言だけパトリックは言った。

「アレックスの加護がある少年だ。」

 トニーは提案した。ただ、おもちゃにされに行くだけでの罠にするには忍びないので、レインの意識を鍛えたいと。パトリックはその提案に乗り、いろいろと細かくトニーに指示をした。それは子を思う父のように・・・。


 トニーはレインに基礎から教えた。姿勢、立ち方、構え方など、癖のある動きを修正するかのように厳しく指導した。レインはただ単に指導されるだけで動きがとれなかった。気持ちがない以上、体が思うようにうごかない。

「おもちゃにされる為に、フェンシングの基礎を教わるなんて、納得できない。」

「では、教えてあげよう。殺されない為だよ。」

 遇の根も出ない有様で、レインは体を硬直させた。本当の理由を話すわけにはいかない。トニーはパトリックに言われたことを思い返していた。

「おそらく、レインは殺されないだろう。甚振いたぶって遊ぶには格好のいいキャラクターだから、短い期間で飽きてしまうことがない。天然娘のレテシアと頑固者のロブの息子だからな。」

「あの方を怒らせて失敗させてしまうことはないのでしょうか。」

「ないだろう。外見からして、興味をそそられる。それでもって、もっと、興味を引く事柄が出てくるとなるからね。」

 パトリックはトニーに、一枚の写真を見せた。それは皇女殿下のフェリシアとパートナーであるエミリアのツーショット写真だった。

「これは・・・。」

「こちらが得た情報によると、このお嬢さん方はレインに好意を抱いているらしい。」

「しかし、皇女殿下には婚約者が。」

「ああ、でも、年頃の娘が恋心を持つと、どうなるかはわからないからね。」

「身分をわきまえずに、行動したりするでしょうか。」

「割と世間知らずなお嬢さんだよ、皇女殿下も。」

 パトリックでしか知らない意味を含んだ言葉を口にして、少し後悔したような顔をした。トニーはそれとなく気づき、深入りしないほうが良いと思った。

「皇女殿下が関係してくるとなると、展開的には面白いことになるでしょうね。」

「しかも、もう一人のお嬢さんも興味深い。」

 トニーはエミリアの容姿をみて、性格をはかろうとした。

「沈着冷静といった感じがしますので、行動的には問題はないと思います。出身かなにかですか。」

「そうだよ、トニー。そのお嬢さんはサンジョベーゼ将軍の娘さんなのだよ。」

 トニーはため息をついた。この二人に好意を持たれる少年、容姿だけでない惹かれる要素があるのだろう。 

「どちらかと相思相愛かどうかはわからないのでしょう」

「お嬢さんたちにはそれぞれ婚約者がいる。どちらにしろ、報われない。レインがお嬢さんたち以外の女性を本命にしたとしてもだろ。」

「興味はそそられるでしょうが、本人を甚振る要因にはならないでしょう。」

「さぁ、どうかな。」

「それならば、なおいっそう指導しておかないといけないですね。世間を知らな過ぎて、世情も理解できていない。そんな少年にレッドオイルの製造を止めることができるとは思えません。」

「そう、君の言うとおりだな。意識も導いておかないと、可哀想だな。」

 パトリックはため息をついた。お互いをしらないがゆえに、誤解を生み、悲劇を生むかもしれない。パトリック自身、あの男がほんとうの悪者だとは思いたくはない。悪行に踏み出した理由があるはず。そのことを理解せずして、レインをつかって、情報を手に入れようというのは、失敗を招くかもしれない。

「レッドオイルの製造を止めるには、情報がもっと必要だ。場所だけでなく、研究者の存在や、実験の実態も知る必要がある。レインを使っただけでは、手に入らないよ。」

「そのためにも、僕が先に潜入しておくのでしょう。」

「ああ、頼むよ。名手といえども、世情に明るく、後進にも道を開くタイプだものな。知恵は無駄につけていない。」

「実践あってのものですからね。」

「発揮する機会でもあるだろう。」

「ええ、僕の願いは、日常においての平安ですから。」


 考え事をしていても、レインの攻撃を交わすことができる。心ここにあらずの様子のトニー相手だが、傷ひとつつけることができなかった。レインの動きを観察していて、トニーは思った。

(無駄な動きがなくなったが、攻撃の際に迷いが感じられる。自信がない故、ためらいが多い。すぐに切り替えできるのは、運動能力の向上があるからだろうな。)

 うまくいけば、油断して攻撃を食らう。痛い思いをして、防衛にはいると、動きが鈍くなる。相手の動きを読もうとしないゆえに、どう攻撃すればいいのかわからないらしい。レインは応用が利かない以上、相手の動きを読み取ることを教えていかなければならないと思った。

 トニーは動きを止めて、レインの攻めを交わし、彼の腕を取った。

「相手の動きが読めていない。」

「まだ、そこまでの余裕が無いです。」

「だとしたら、相手を誘い込み、隙を突くぐらいのことはできるだろう。」

「そんな、簡単には・・・。」

 息を切らして、トニーを見ながら、レインは思っていたことを口にした。

「あの、あの人は、なぜ、人を甚振ったりするのですか。」

 同じことをトニーはあの男に質問をしたことがあった。

「迷いが生じないように、非情になる必要性があると、おっしゃってた。」

「おっしゃてたって、同じ質問をしたんですか。」

「ああ。ここに来たばかりの頃にね。」

「では、あの人は情もあるってことですか。」

「それを打ち消すための、ウォーミングアップかもしれないね。」

「そ、そんな・・・。」

 レインは、レッドオイル攻撃を受けたシヴェジリアンドの地やオホス川の街を思い起こした。そして犠牲になったカスターやコーディの姿が目に浮かび、悲しみがこみ上げてきた。

「多くの人の命を奪うために、非情になるというのですか。」

「主は信念をもって、行動している。それが正しいと思ってやっているのだよ。」

「多くの人の命を奪うことが正しいのですか。」

「主の信念によれば、それは命を奪うことではなく、ほかの誰かが、生き残るという手段になるのだ。」

 レインは考えもしなかった返答に愕然とした。

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