第三十七章 濃霧 3
エリクがステファノに殴られ、床に倒れた。それでもなお、ステファノは殴り続けた。
「やめて!やめて!ステファノ!」
ニコラはレオンに羽交い絞めにされ、ステファノを止めることができないでいた。テオは腕を組み、その様子を見守ることしかしていなかった。
殴られ続けても、口を開こうとしないエリク。耐えかねて、ニコラが話すと言い出したが、ステファノの手は止まらなかった。ニコラは足を後ろに向けて蹴りを入れ、レオンの左足を攻撃し、羽交い絞めから開放されると、ステファノに飛びついた。
「話すから、やめろ!って言ってんだよ!」
ステファノは掴まれたニコラの手を掴みかえし、片方の手であごを押さえ込んだ。するとつかさず、エリクがステファノをタックルして突き飛ばした。三人は折り重なって床に倒れた。
「話す、話すから・・・。レインを見殺しにする気はないって。ジリアンは安全な場所に移送するって。・・・パトリックは言ったんだ。」
ニコラは顔を赤くし涙声で息も絶え絶えに言った。エリクも何か言葉を発したが、声にならなかった。殴られた顔が腫れ上がり、口が思うように動かなかった。
「レオン、手当てを。」
テオはそういうと、その場から出て行った。レオンは戸惑ったが、すぐさまエリクの手当てを始めた。
「ジリアンを安全な場所に移送するって言っても、ロブのところじゃないと思う。」
「だろうな。ロブに届けたら、血相変えて、俺を殴りに来るかレインを助けに行くだろう。」
ステファノはロブに約束したことを思い返していた。
「あたしたちは、製造会社のボスにも罠を仕掛けてきた。」
「罠?」
「ああ。所在がわからないが、使用人を買っていくことはわかっていたので、レインの前にわざと買わせてた。」
「成功したから、レインも買わせたのか。」
「レインは本命じゃないみたいだった。」
「本命じゃない?」
「ロブが欲しかったみたい・・・。理由はよくわからなかったけど、使用人にするつもりもないだろうし。交渉の際は痛めつけるつもりはないという話を聞き出せたと。」
ニコラの話でステファノは少し考えていた。誰もが憧れるアレックス=スタンドフィールドのことだった。
「ロブの代わりにレインをという話を持ち出すと、交渉の余地があると返事がきて、話が進んだ。」
「待てよ。その交渉はパトリックがしたわけじゃないだろ。」
「赤毛のソアラだよ。」
「あの女はパトリックの手管なのか。」
「そう。でなければ、この計画は進められなかった。」
「所在を突き止め、正体をあばくのに、手の混んだことをしなくちゃいけなかったということか。」
「罠にはめるなら、徹底的にやっておかないと。あんたたちを騙してでても、この計画は遂行しなくちゃいけないんだ。」
「で、レインを囮に送りこんで、どうやって、情報を手に入れるんだよ。」
「赤毛のソアラが、死体となって、所在の場所から出される。それは先に使用人として売られた者から事を進めてくれる計画になっている。」
「ふっ。まともな死体で帰ってくるのか。」
「その手はずなんだ。ほんとに死んで、バラバラにされては困る。」
「仮死状態でもどってこられるのかよ。」
「そう願うのみで。」
エリクの手当てが終わると、ステファノはエリクに手を差し伸べた。エリクはステファノの手をとって立ち上がったが、その手を離すとすぐさま、ステファノを殴りつけた。人差し指をステファノに突きつけて、指で首を切るしぐさをした。倒れこんだステファノは口を切ったので手で血をふき取り、立ち上がった。
「ジリアンの所在はわからないというのは本当だな。」
「ああ。」
「レオン、ジリアンの所在はわかるか?」
「まだ、連絡はないよ。」
レオンはジリアンのもしもの場合に備えてトランスパランスへの連絡先を教えていた。
「パトリックのことなら、心配はいらない。」
テオに支えられてウィンディがやってきてそう言った。顔色を変えたレオンが近づき、テオと交代した。
「どういうことなんだ。」
ウィンディはステファノの目線を逸らし、天井を仰ぐように話をした。
「パトリックは二つの顔を持っているわ。私はパトリックの正体を知っているの。ここで話すわけにいかないわ。でも、これだけは信じて欲しい。パトリックはレインを見殺しにしたりしないわ。」
エリオやニコラは苦みばしった顔をした。ステファノはその様子を見て、事情を得た気がした。
「もう一つの顔っていうのが、レインを見殺しにしない理由になるのか。」
「なるわ。それに、パトリック・クロスはロブを倦厭しているけど、それはパフォーマンスでしかないわ。ロブと仲良くするわけにいかなかったみたい。」
ニコラは意外だと言わないばかりの顔をした。
「ロブと仲良くしていると正体がばれるってことなのか。」
苦しそうに話すウィンディを心配そうに支えるレオン。ウィンディの目線が泳いでいることを気にかけてはいたが、理由はわかっていた。似てないってわかっていても、ステファノにクレアの面影を重ねてしまう。
「どうして、あなたはパトリックのことを知っているのですか。」
ニコラは不思議そうに言った。そして、ウィンディは噴出すように笑って言った。
「パトリックって、女医が好きでしょ。」
周囲にいたものは呆れ顔になった。