第三十六章 黒い森 7
レオンの姿はいつもの白衣じゃなかった。武装していて、拳銃を片手に持っていた。
「ステファノなの?」
額から血を流し、返事がない姿に、計画が失敗に終わったことを知った。ステファノのそばにいてる白髪の男は侵入しているというステファノの仲間だということはわかった。すぐさま、そばにより、脈をとり瞳孔の動きを確認し、身体の状況を把握しようとした。
「足を打たれたみたいだ。」
「僕はレオン。あなたは?」
「俺はジン。あんたは医者なのか?」
「医者の卵。まだ、見よう見真似で、看護の資格しか持っていない。」
「でも、応急処置はできるのだろう。」
「ええ、もぐりの医者並みに。」
そういうと、ジンにステファノの体を抑えているように指示し、ウエストバックから道具やら薬品やら取り出した。履いているものを切り裂き、消毒液を口に含んで傷口に吐きかけた。浸みたのかステファノは気を取り戻した。
「うぐぅ。」
「大丈夫か、ステファノ。」
薄らっと目を開けて周囲を見る。ジンを見たあと、真剣な面持ちのレオンの姿を見えた。
「レオン。」
「何も言うな!今は。弾を取り出すよ!」
言うが早いか、握ったメスを傷口めがけて切り込んだ。
「がぁぁっ!」
痛みに耐えかねて暴れだすが、ジンが抑えていた。ぐりぐりとえぐりだし、銃弾の場所を特定すると、一気に取り出した。すぐさま、また、消毒液を含んで吐きかけ、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
「これを飲んで。」
飲ませたのは抗生物質だった。
「すぐさま、ここを離れよう。」
急がせる二人に、ステファノは制止した。
「レインが。」
「あとでいい。」
「じゃ、なぜ、お前が。」
「それも、あとで。」
「あとじゃない、いまだ!」
仕方なく、レオンは緑の歩兵とウィンディのことを話した。その話でジンは納得がいった。
「獲物って、女医のことだったんだ。」
ステファノは唇を強く噛んだ。
「もともと仕組まれたことだな。レインもウィンディも計画のうちかよ!」
「そんなことより、ここから離れなくちゃ。」
大炎上する黒い森の館から、一発の灯火弾が放たれた。
「ウィンディの救出が成功したみたいだ。」
それからジンとレインとでステファノを抱えて、森の中を走り抜けた。
「レイン、ジリアンはどうした?」
「ホワイトソードに残った。」
「それで?」
「ステファノに言われたとおりにしたよ。」
「どうなったか。」
「まだ、わからない。」
森の奥に、車を待機させていて、そこにたどり着くと、しばらくして、ウィンディをつれてテオがやってきた。
「一人やられた。」
「そっちは、ステファノか。」
「レインが連れて行かれた。」
テオは、最悪の事態だと実感して、打つ手がないことに、落胆した。
「計られたとしか思えない。」
「ホワイトソードがあのまま無事かどうか」
ステファノとレオンの言葉でも、ニコラとエリオを信じたい気持ちを強くしていた。
「とにかく、今は戻るしかない。」
ウィンディの反応がなくて、心配していたレオンだったが、息をしていることを確認すると、安堵した。ところどころに打撲の後があり、痛々しかった。難民キャンプにいてて、襲われて誘拐されることはなかった。レオン自身はウィンディのそばにいたかったが、それはもう許されないことだろうとわかっていた。クレアを失ってから、お互い成長を望んで、別々の行き方をしようとしたのだから。
ステファノは次第に意識が遠のいていくのを感じていた。意識を失う前にと、テオに言っておきたいことがあった。
「テオ、赤毛のオンナを知っているか。ロブのことを知っていて、恨んでいるみたいだったが。」
「さぁ。潜りの運び屋をしていたのは知っているだろう。それでパトリック・クロスとやりあったのは知っている。」
「赤毛のオンナなら、それは運び屋だ。」
ジンが思い出したかのように口にした。
「運び屋?」
「ああ、人質専門だ。特に女子供を運ぶ。女だと相手も油断や安心をするからな。」
ステファノは、どこかで見たような気がしてきたが、意識が遠のくで答えにたどり着けないまま、意識を失った。
「大丈夫か、ステファノ。」
ジンの呼びかけに応答せず、レオンは額に手をあてて、毛布をかぶせた。
「熱を出して傷口の介抱に向かっているんだよ。大丈夫。」
車は暗闇の森を抜けて、空港に向かっていった。
レインは眠らされたまま、中型エアジェットに乗せられ、移動させられていた。そばには赤毛の女と痩身の薄気味悪い中年男がいた。
「レディ・ソアラ、乱暴な真似をしたんじゃないだろうな。」
「なにをおっしゃいますやら。このような隙だらけの寝顔をした子に乱暴など。ま、多少手荒な真似をしましたが、傷をつけるほどじゃないです。」
中年男は不服そうな顔をして、長い爪であご髭を撫でていた。
「しかし、ほんとうに、レテシア=ハートランドにそっくりだ。見れば見るほど女の子みたいだ。」
「その割りに体のほうは鍛え上げているみたいで、軟弱ではないみたいですよ。」
「ほう。それはそれは、主も楽しみにされることだろう。」
薄気味悪い笑いを浮かべて、中年男は長い爪でレインの顔を撫でた。レインは反応して寝返りを打ったが、目覚めることはなかった。
月夜が輝く雲ひとつない夜空にレインを乗せた中型エアジェットは飛行していった。