第三十六章 黒い森 5
うっすらと、汗ばみ、首すじに手を当てた。喉に痛みを感じて、小さな咳払いをした。
「どうしたんだ。」
「な、なんか、喉が痛くて。」
レインの顔色をうかがうと、さきほどよりかなり赤味が差していると気づいた。室内の温度が高い感じもして、首もとのネクタイを緩めた。
「熱いな。乾燥している感じもする。」
周囲をうかがって、ウエイターに合図を送った。
「何か御用でしょうか。」
「水をたのむ。」
ウエイターはトレイにあるシャンパングラスを差し出した。
「アルコールはだめだ。水をたのむ。」
「かしこまりました。」
ウエイターは後方に下がり、フロアから姿を消した。そして、フロアにもどってきて、グラスを二つもってきて、ステファノに差し出した。
「あまり、たくさん飲むんじゃないぞ。」
「うん。」
すこしだけ、口に含んで飲み込んだ。グラスの底にはレモンの輪切りが沈んでいた。
(気が利くんだな。)
すこしの酸味が口のなかに広がると、また飲みたくなって、半分くらい飲み干した。ステファノを横目でみると、嫌な顔はしていなかった。
フロアを見渡すと、薄暗くてどこに誰がいるのかわからない。ステファノがつけている香水で居場所がわかるだけど、匂いがなければ離れてしまいそうで、不安だった。グラスを握り締めて、こころ細そさを感じて残りを全部飲んでしまった。コップをもてあましていると、さっとウエイターが持ち去った。ただし、そのウエイターは胸元から小さなライトを取り出しスイッチを入れて、ステファノに背を向けて合図を送った。
しばらくして、レインはステファノの耳のそばに口元をもっていき、ささやいた。
「トイレに行きたいんだけど。」
「言わないこっちゃない。たくさん飲むなって言ったのに。」
唇をかんで、ドレスをつかんだ。
「入るトイレ、間違えるなよ。」
「わかってるって。」
かわいらしい声を出したつもりだが、ステファノは眉をひそめていた。レインは眉間に指を立てた。
「馬鹿面しなくちゃ。だめだよ。」
レインの後姿をみていたが、すぐさま、後を追った。通路を曲がっていく姿を追って、入った場所が女子トイレだと確認して、その場所に立ち止まった。
レインはトイレの個室に入ると、ドレスのすそを持ち、たくし上げた。
「はぁ。」
用を足すと、ドレスを汚していないかどうか確かめてから、個室から出た。洗面台にいき、手を荒い押せて鏡を見ると、後ろに赤毛のオンナが立っていた。どこかで見たことがあると、思い出そうとしたが、女はレインを羽交い絞めにした。
「なにを!」
すぐに肘鉄を食らわせたが、みぞおちには入らず、前かがみになり後ろに下がり相手をトイレのドアにはさんでダメージを与えた。
「うぐ。」
オンナはレインを抑えていた腕を離し、レインは前のめりになった。オンナは両手を組みレインのセ背中に振り下ろした。
「がぁっ。」
その一撃はきまり、レインは床に倒れこんだ。そして、気を失った。
トイレの個室から、先ほどのウエイターが現れ、レインを抱きかかえた。そして、トイレの個室に入ると壁を押した。通路が現れて、消えていった。赤毛のオンナは何もなかったように、洗面台に向い乱れた髪を整えた。
「思ったより手がかかったわ。見かけによらないものね。」