第三十六章 黒い森 3
「ほぉら、レテシアより、美人になったんじゃない。」
鏡のなかには、金髪の鬘をつけほんのり頬にピンク色を差し、アイメイクに口紅と、メイクを施されたレインがいた。唇を噛んで、辱めに耐えていた。
「そんな顔しないの。」
「良く知らないうちから母さんに間違えらたことがたくさんあったよ。鏡をみてまで、その事実を受け入れなくちゃいけないことだと思ってない。」
「そんな話をしてるんじゃないよ。」
「わかってるよ。でも、でも・・・。」
ニコラはレインの耳にささやく。
「女の子の気持ちになってもらわなきゃ、困るんだよ。命賭けなきゃ、手にはいらない情報をさ、こうやってレインが女装することで手に入るんだから。」
キッと睨み返したが、ニコラは真顔だった。
「あたしは、買われていった子が無残な死に様でかえってきたのを知っているんだ。レインをそんな目にあわせるつもりは無い。仕返しするつもりじゃないんだ。同じ目にあわないように増やさないためさ。」
ニコラはレインの両肩を強く握り締めた。
「死んでもどってくることも許されないところなんだ。死んだ子が身をもって知らせてくれたんだ。なにかしなくちゃ、あの子の思いにこたえてやれないんだよ。」
レインは鏡に映る自分を見て、カスターやコーディを思い出した。
「二度と犠牲者を出したくない思いは同じ。レッドオイルの爆撃で、多くの街の人々を失った。」
レインを背後から抱きしめて、ニコラは言った。
「嫌な思いをさせて悪いと思ってる。あたしじゃだめだし、レインしかやれないことなんだ。頼むよ。」
黒い館の仲介者は女装したレインを見るなり、鬘を取り上げた。
「鬘じゃ、だめだ。ショートでいいから金髪に染めるんだ。化粧は薄めがいい。素朴なほうがいいんだ。素質はこれでいいだろう。」
「付き添い人はつけさせてくれないか。」
「難しいな。だが、慣れない場所につれてこられた振りをしてみるといいかもな。」
ステファノは胸をなでおろした。
「しかし、おまえさんが行くなら、馬鹿面したほうがいい。変に隙の無い表情だと疑われる・・・だろ。」
深くうなづいて見せて、エリオを思い出した。
あなただけを思っていたい
ただそれだけだったのに
ここで身を焦がし
あなたのために死ねるなら
どんなに幸せかしら
死をも恐れぬ勇気
敵意を失墜させる威厳
羨望と名声の威光を放ち
わたしの前で戦ってくれた人
あなたへの愛は真実なのに
あなたは触れようとしない
涙に暮れて小鳥は羽ばたくことを忘れ
身を危険にさらすほど
我を見失う
森に迷って愛を失ったの
その道は闇に覆われ
すべてを奪い
無にしてしまう
すべては邪な思いから
邪気にあてられ
身を宿してしまったから
黒い森であの人を憎んだ
その思いがあの人を陥れる
ショートヘアに金髪、白いフリルのワンピース着せられたレインはステージ上でスレンダーな赤い髪の女性が歌う歌に耳を傾けていた。場違いなくらい浮いているが、フロアは暗がりで、レインの姿はさほどめだたなかった。メガネをかけ軽いノリのステファノが落ち着かないそぶりをみせながら、レインのそばにいた。その様子でかえって落ち着かないといけないという思いがでてきていた。
「なにかしゃべってよ。」
「何を話せっていうんだよ。地がでてしまうだろう。」
「しゃべらなきゃ、軽い男と思われないよ。」
「わかってるけどさ。」
不安だという顔つきがよりいっそう憂いをおびていて、レインはかよわい女の子になっていた。ステファノは肩を抱いて、おおげさに言って見せた。
「大丈夫さ。なにも心配いらないってぇ~。」
レインはステファノの肩に頭を寄せて、甘えた振りをした。頭の中ではふたりの設定のことを考えていた。ギャンブルで借金をした男が妹か彼女を売りに出して金を手に入れようという設定だった。そんなことでうまくいくと思えなかったが、ステファノの手段だと筋が通ると思った。
しばらくすると、黒服の男があらわれ、店から出るよう指示された。店から出ると、エアカーが用意されて、それに乗り込んだ。
「いよいよだな。」
「いよいよなのね。」
ステファノは精一杯、笑みを浮かべて不安を打ち消すようにした。
「その調子。」
さきほどまで月明かりで明るかったところから、エアカーは鬱蒼とする黒い森のなかを走った。暗闇に包まれた道を静かに走っていくと、煌々とネオンのように光を放つ建物があらわれ、その建物のまえでエアカーは止まった。レインたちが降り立ち、上を見上げると、フロントにはステンドグラスで煌くレジーナ女帝肖像があった。
「レジーナの館が黒い森なの?」
「アレックスを信望する国民たちへの愛憎の仕返しをしたという意味をこめられたのが黒い森なんだ。」
「へぇ、そうなの。詳しいのね。」
ステファノは口を押さえて、我に返った。そして、ただ馬鹿笑いをした。レインは口もとに手を添えてクスクスと笑ってみせた。
そして、そのふたりを陥れようと、建物の窓からそっとのぞく人物がいた。その人物は右手にもった小瓶を後ろに差出し、暗闇から手がでてくるとその小瓶をとっていった。