第三十五章 こころ模様 7
キャプテン・テオは書類提出が不良ということで呼ばれたが、実質はオレンジローズで任務についている元同僚が呼びつけたのだった。元同僚はテオにパトリック・クロスについての忠告と軍内部の派閥争いの情報を与えてくれた。パトリック・クロスについてはガラファウンドランドのシモンに言われたことと似たようなもので、派閥争いの情報は皇帝排除派にグリーンオイル製造会社が絡んでいるということだった。社交界に顔を出している皇女殿下の婚約者は皇帝排除派から一線を隔していたが、いろいろな面で資金を都合しているのはグリーンオイル製造会社だという話を持ち出し、皇帝排除派と裏で繋がっていると耳打ちした。
「皇女殿下の様子はどうなんだ。」
「至って毅然とした態度をとっているが、内心は心細いだろう。慣れ親しんだ宮殿が破壊され、皇帝の命が狙われたという事件は殿下にとっても障りがあると思われる。」
「では、サンジョベーゼ少尉が殿下のそばについているのは、心の支えのためか。」
「おそらく。皇帝排除派は快く思っていないだろう。将軍の娘だからな。」
「少尉の婚約者で少佐はどうなんだ。」
「優柔不断。使い物にならないというのが、本心だな。頭脳明晰・沈着冷静は見せ掛けで、うわべでものを言ってるのは一目瞭然だから、した者は見下しているものが多い。」
「典型的な成りあがり者か。」
「世渡り上手のな。」
「将軍はまた、なぜそのようなオトコを。」
テオのぼやきに、元同僚は手を口でふさぐようにして言った。
「なにか思惑があってのことかもしれない。」
「思惑?」
「皇女殿下の婚約者は暗愚。殿下に付き従う娘を愚かなオトコに嫁がせるようにしておけば、余計なことをしてくれなくて済むかもしれない。」
「そういうことか。」
「血気盛んな若造に嫁がせると苦労することもあるからな。」
テオは黙ってうなづいた。脳裏によぎったのはロブ=スタンドフィールドだったが。
「まっ、そんなことは将軍の心のうちを読んだわけじゃないからな。」
「そうだろうとも。」
日が暮れ夕闇が迫った頃、雷雨はおさまり小雨になっていた。傘もささず手荷物ひとつもたずにステファノはホワイトソードから降りたち、空港ターミナルに向かった。腰に黒い布を巻いてロータリーの端に突っ立っていた。しばらくすると黒いオフロードのエアカーが近づいた。ドアが開いてひげの濃い男が顔を出した。
「よう、色男。ひさしぶりじゃないか。」
「あんたも好きだな。」
「俺の気をひくためにそんなことをしてるんじゃないだろ。」
ステファノは腰に巻いた布を触った。
「もちろんだ。ほしい情報を手に入れるためだ。」
「乗れよ。」
男が奥へ引っ込み、ステファノはドアに手をかけエアカーに乗り込んだ。オフロードのエアカーはロータリーを一周すると空港から離れていった。
「ほしい情報って何だ。」
「店についてからだな。というか、言われてるんだろ。俺に手を出すなって。」
「ふっ。もちろんだ。ボスが掛けに負けたんだからな。」
「あと、武器とか調達できそうなルートを教えてほしい。」
「誰をパトロンにだ。あのオンナは死んだんだろう。」
ステファノは黙ってうなづいた。髭の男はにやりと笑った。
「金の交渉はあんたのボスに会ってからだ。」
ステファノは髭の男のボスとの出会いを思い出していた。護衛の仕事で女性ジャーナリストと共に行動していた時、情報を得るためにファイティングゲームに参加しなくてはいけなくなった。力技に自信がなかったが、刃物などの武器を使わないで身体を武器に闘うということで参加し、勝ち続けた。最終的に相手にしたのが巨漢で攻撃力は無くてもその防御力はコンクリートの様に硬く頑丈だった。ステファノが得意とする足技も攻撃すると骨に響くくらいに痛みが走った。巨漢は攻撃し続ける相手が疲弊して弱りきったところへ体当たりしてKOするのが手口だった。相手はステファノが力尽きるまで微動だにしない。その様子をジャーナリストは壁にもたれかけ腕組みをしてただ見ているだけだった。ステファノ自身が未成年のころから目をかけて護衛の仕事が一人前にできるよう育てられてきた。恩返しというものじゃない、ステファノに投資してきたものが無駄じゃないと証明するためにも、このゲームに勝利しないとだめだった。最後にステファノが捨て身で思いついた技をかけることにした。巨漢の肩に乗っかり両足でヘッドロックをかけて、反り返って自身は両手を地面につき、巨漢は頭上を地面に打ち付けられてダメージをうけた。足技による力技だったが、少しだけダメージを受けた様子に、即座にエルボドロップをかけてみぞおちにダメージを与えた。念のためにかかと落としもかけ、巨漢は気を失った。ファイティングゲームに勝利し、情報を得るだけでなく、ステファノ自身を彼らのボスのテリトリーでは誰も手出ししないという約束までしたのだった。その交渉はジャーナリストがステファノへのご褒美としてみせた交渉術でもあった。ジャーナリストの愛情を受けて自身が強くなってきたことを改めて認識した。窓をずっと眺めいて、ステファノを乗せたエアカーは暗闇が続く砂漠の道を突き進んでいった。