第三十五章 こころ模様 5
「レイン、そちらにいらっしゃるお嬢さんと、傍らにいらっしゃる紳士を紹介してくださるかしら。」
「あ、はっはい。」
フェリシアはレインにくっついている少女が気になるが、もっと気になる人物がいた。その人物は先日、デューク=デミストから紹介されたコリンにそっくりな少年だったからだ。
「えっとぉ・・・。」
レインの手際の悪さを察し、レオンは自ら前に出た。
「初めてお目にかかります。わたくしは、レオン=ゴールデンローブと申します。レインと同様、ホワイトソードのクルーでして、救護をしております。お見知りおきを。」
他愛もない挨拶をしてつもりだが、コーネリアスの顔色を伺ってみると驚きのまなざしを向けていることに気づき、見透かされているような気持ちになった。
「あ、悪いね。レオン。」
レインがコーネリアスを紹介しようと彼女を見ると、青い顔をしていた。
「だ、大丈夫?」
声をかけても、反応がなかった。
「殿下、こちらはコーネリアス=アンコーナというお嬢さんで、えっとぉ・・・。」
目が覚めたようにコーネリアスは両手でスカートを持ち、足を交互にくずしお辞儀をした。
「お目にかかれて光栄でございます、皇女殿下。わたくし、レオノール女学院の学生で、コーネリアス=アンコーナと申します。」
フェリシアはコーネリアスを見下しながら、つぶやいた。
「ああ、ブライアン=レオノールね。」
震えるコーネリアスは顔を上げることができないでいた。
「社交界にはデビューなさったのかしら。」
「いえ、まだ。その・・・。」
「お相手がいらっしゃらないってことかしら。」
コーネリアスは顔をあげ、キッとフェリシアをにらんで見せた。
「パートナーは自分で決めた相手でと、亡くなった母の遺言でしたから、慎重に決めようとおもっております。」
コーネリアスの物言いがフェリシアは気に入らなかった。相手をレインにしたいと言わないとしていることだと思ったからだ。
「皇女殿下、お時間がありませんので。」
エミリアがこの場から離れるようにと促したが、レインの顔色があまりよくないのを見て、フェリシアは「大丈夫。」と言って首を振って見せた。
「殿下、そちらの方は・・・。」
コーネリアスはレインの視線がエミリアに釘付けになっているので、問いかけた。
「わたくしの直属の部下で、エミリア=サンジョベーゼ少尉。エアジェット操縦士よ。」
エミリアは小さくお辞儀をして挨拶をし、コーネリアスも同じようにした。フェリシアもコーネリアスもレインがエミリアに釘付けになっていることがわかっていた。フェリシアはエミリアの腕をひっぱり前に出した。困惑気味にフェリシアをみると、ウィンクをされた。
「レインに言葉をかけてあげて。」
小声で耳打ちされて、仕方なく、エミリアは言葉を掛けた。
「レイン、久しぶりね。ずいぶんと背が伸びて、私より高くなっちゃったわね。」
レインは頬を赤らめて、「そうですね。」と自分の手で頭上を撫でた。
「あら、背だけじゃないわ。体格も立派になって。」
フェリシアはレインの顔色がよくなってホッとした。心なしか穏やかでないのはコーネリアスで、レインの様子をみて、エミリアの存在がどのようなものか理解できた。
「体は鍛えてます。怪我をしないように。」
「でもね、危ないよう目にあわないように行動していれば、怪我はしないとおもうの。」
エミリアはレインに釘を刺したかった。レインは下を向いた。こころがギュッと締め付けられるような思いがした。フェリシアはエミリアのわき腹を抓った。
「そんな嫌味を言わなくても。」
「嫌味じゃないわ。忠告しているのよ。」
二人の小声の会話が気になっていたのは、コーネリアスだけではなく、レオンもその様子を観察していた。
(なんだ、この女の闘いみたいな会話・・・。恐るべしだな。)
こういった光景を目の当たりにしたのは初めてだった。レインを助けるべきか、見捨てるべきかと考えてみたが、別段レインが悪いというわけでもないので、フェリシアがここを去らないのであれば、こちらがと思った。
「レイン、悪いが、買出しの時間がなくなってしまう。ここにいるか、それとも僕の手伝いをしてくれるか。」
レインは目が覚めたように真顔になり、首を何度も振った。コーネリアスに「手紙をまた出すから。」と言葉をかけた。
「すみません。今日中に用事を済ませないとだめですから、失礼させていただきます。」
フェリシアに向かって、深くお辞儀をすると、レオンの腕を引っ張って、その場から走るようにいなくなった。
唖然としたコーネリアスをよそに、エミリアは同じく呆然とするフェリシアの腕を取り、立ち去ろうとした。
「失礼させていただくわ、コーネリアス嬢。レインをよろしくね。」
エミリアは笑顔を傾けて言った。コーネリアスは不可解だったが、黙ったままでいた。
(『レインをよろしくね。』ってどういうことかしら。)
まるで元恋人が新しい恋人に声をかけたみたいな言い方に思えて、コーネリアスは唇を噛んだ。その様子をエミリアに腕をとられ振り返りつつ、確認したフェリシアは言った。
「笑顔の素敵なレインにかまう女の子ってたくさんいてそうだわ。」
「殿下、わたしたちには関係ないことです。」
「そうね、恋愛したいという期間は過ぎてしまったのね。」
軍服に身を包み、自分たちが置かれている立場をわきまえ、スカイロードを卒業したときに振り切ったはずの乙女心。まだまだ、遣り残したことがあるように思えて、フェリシアは寂しく思っていた。
一方エミリアはレインの煮えきれない態度が全然変わっていないことに苛立ちを感じ、振り切った気持ちがまだこころにくすぶっていて揺れ動いている自分に怒りを覚えた。
(自分自身を傷つけたのは、相手を傷つけないためだったはずなのに。)