第三十五章 こころ模様 4
ステファノとニコラはレインたちと一緒に外出したい気持ちが強かったが、そうしなかった。面白がって付き添っても大人気ないと思っていたからだ。
「俺は用事があるから、別行動とらせてもらう。」
「そうか、出発までにはもどってくるんだろうな。」
「もちろん、キャプテン。しばらくはホワイトソードで待機しているよ。」
ニコラは、必需品の購入があるからと、エリオを従え外出すると言った。テオは着陸の際、手続きの不手際があったと呼び出されたと出て行った。
そんな折、空港の司令室から通信が入った。ステファノが受信して返答すると、ニヤニヤと笑いながら言った。
「レイン、お客さんだってさ。」
「僕に?」
「ああ、コーネリアス嬢がゲストルームで待ってるってさ。」
「はぁ?!」
コーネリアスがアンキャスポ空港に来ていることなど知らなかった。手紙のやり取りは続いていたが、先日出したのはホワイトソードでの仕事のことを綴った手紙でそれからの返事はまだなかった。
「会いに来るってよっぽだな。」
レインは不可解な感情しかもてなかったが、頭によぎったのは、こんなときに限ってという言葉だった。振り返るとジリアンは首を振っていた。一緒に行きたくないのだ。レオンは救護室にいてて荷物の整理をしていた。苦みばしった顔をしているレインにステファノは言った。
「レオンとゲストルームに行ってくればいい。あいつも買出しをしないとだめだと言ってたから、逃げ出したくなったら、それを理由に居なくなればいいさ。」
ステファノのアドバイスに安心感を得たのか、レインは顔色を良くしてた。
「ありがとう、そうするよ。」
レインが出て行った後、ジリアンはため息を付いた。
「なるようになるさ。」
「いつものことだけどね。」
ジリアンが操縦室から眺めた外の様子は、黒い雲が集まってきて周囲を暗くしていた。離着陸場は次第に点灯し、空港内も灯り始めた。
「嵐が来そうだな。」
「レインにも嵐が来るかな。」
ジリアンは大きなため息をついて、ステファノは笑いをこらえていた。
理由も知らず、ただレインからついて来て欲しいと言われて、ゲストルームまで来たレオンは、周囲を見渡し伺っていた。もしかしたら、皇女殿下に会えるかもしれないという気持ちがそこにあったからだ。
「レイン!!」
大きな声で叫び近づいてくる少女がいた。レインは嫌な顔をしないようにと努力していて、レオンは予想も付かない展開に驚いていた。
「やぁ、コーネリアス。久しぶりだね。」
「久しぶりだね、じゃないわ。頂いた手紙を読ませてもらって、きちんとお会いして忠告させてもらおうと思ったの。」
言われたことに対して疑問符しか頭に浮かんでこないレイン。レインの腕を必死とつかんだコーネリアスはレインの後方にいてる人物に気が付いた。
「ホワイトソードのクルーの人かしら。」
「ああ。レオンって言うんだ。」
「はじめまして。」
コーネリアスはレインの腕を放して、お辞儀をした。
「あ、はじめまして。」
レオンは不可解な顔のまま、少し頭を下げて挨拶をした。
「レオン。こちら、友達のコーネリアス=アンコーナ。じいさまが作っているワインの葡萄を分けてくれるワイナリーのお嬢さんなんだ。」
「ペンフレンドのお嬢さんね。」
レオンが納得した様子に、コーネリアスは細い目で下から上へと見ていた。
「あ、レオンは看護士の資格を持っていって、救護班としてホワイトソードに・・・。」
「そう!そのホワイトソード!」
急に大きな声で叫び、また、レインの腕を取って、噛み付くようにコーネリアスは言った。
「パトリック・クロス商会でどうして仕事してるの?」
「どうしてって言われても・・・。」
レインはテオが言っていたことを思い出しながら、言葉を濁そうとした。
「パトリック・クロス商会がどうかしました?」
レオンは助け舟を出した。
「あの会社、とても怪しい会社なのよ。何をされるかわからないわ。」
「死体運びのことなら、他のところがやりたがらないから、しているだけで。」
「それだけじゃなくてよ。社長本人が人前にでないことも、怪しまれている原因なの。」
パトリックに会いに行った際、本人に会えなかったことを思い出した。
「正体不明このうえないの。あなたのような純真無垢な人がそんなところで働いてはだめなの。」
純真無垢という言葉にレオンは噴出しそうになり、両手で口を押さえて笑いをこらえた。レインはただ、苦笑いするだけだった。
「ねぇ、分かってるの?」
「いや、その・・・。」
レオンは必死に笑いをこらえて、レインの背中越しで、コーネリアスを説き伏せようとした。
「大丈夫。元空軍の少佐だったテオ=アラゴンという方をキャプテンに、ホワイトソードは荷物を運んでいるだけなのだから。」
コーネリアスはキッとレオンを睨んだ。レオンは拍子抜けをくらったが、怯んだりはしなかった。
「あら、失礼。わたしはレインに質問しているの。」
「そうですね。これは失礼しました。」
レオンがその場から離れようとすると、レインはレオンの腕をとった。無言で「行かないで。」と目で伝えようとしていた。
レオンがレインを見捨てようと目をそらし、前を向いたところへ、二人の軍人の姿が目に入った。一人はオーラを放ち凄然と闊歩する凛々しい姿の皇女殿下フェリシアだった。
フェリシアがゲストルームに目をやり、そこにレインがいるのが見えた。レインの腕にしがみつく少女がいることに気づき、無意識にゲストルームに入ってしまった。
「あらぁ、レイン=スタンドフィールドさんじゃなくて。久方ぶりかしら。」
女性の声に振り返ったコーネリアスは、そこに想像だにできないオーラを放つ軍人が立っているのにびっくりして、あわててレインの背中に隠れた。
「あ、ご無沙汰しています。皇女殿下。」
レインは姿勢を正し、深く頭を下げた。レオンはただただ、呆然と立ち尽くし、コーネリアスは『皇女殿下』という言葉に驚きを隠せないでいた。
「皇女殿下って、あの、フェリシア皇女殿下のこと?」
コーネリアスは小声でレインに耳打ちしたが、レインは聞こえてない様子だった。なぜなら、フェリシアの後方に軍服姿のエミリアが立っていたからだ。
エミリアはフェリシアに隠れるようにして立っていて、レインの目線を感じていた。レインは以前とは違うかなり大人の女性に見えるエミリアの姿に心を奪われていた。