第三十五章 こころ模様 3
スカーフを握り締めていると、走馬灯のようにこころのなかをエミリアへの想いが駆け抜ける。こころが苦しいのは、想いが伝わらないことへの自分の至らなさか。辛いのは、想いを伝えられない自分の弱さか。好きだと認めることさえできない自分の幼さを痛感して、苦しむだけ。人を想うことの苦痛から逃れるようとするのは、自分自身が未熟で弱くて、楽観的なものしか認めようとしないからだろうか。
レインのこころは揺れた。もう、会うこともないと思っていたエミリアがこのホワイトソードに乗りこんだ。姿さえ見る勇気がないままに、逃げてしまった自分のこころの弱さに気づき、こんなことでは、この先やっていけないと自分に憤りを感じた。
「強くならなきゃ。でなきゃ、好きになっても想うだけで、僕自身を見てくれない。認めてくれない。」
つぶやいた言葉を自分に言い聞かせて、部屋から出た。
レインの決意とは裏腹に、クルーたちはエミリアの気持ちを探っていた。
「まぁ、だいたい察しはつくよ。彼女がレインに気があるのはわかる。しかし、なにか壁がある感じがするね。」
「ほう、ステファノ男爵は何を思ってそんなことをおっしゃる。」
「男爵ってなんだよ。」
「はは、知らないのかい。プレイボーイの代名詞なんだよ。」
「そんな大衆流行小説を持ち出すなんて、らしくないね。」
「らしくなくて、結構。ってか、気があるってどうしてわかるんだよ。」
「キャプテンから聞いただろう。ジリアンの姿をみて『スタンドフィールド」の名を出した。」
「それで?」
「本命レインの名を口にしたくなかった。」
「姿みてないんだから、別に・・・。」
「レオンも言ってたけど、レインの姿を探していたと思う。」
ジリアンの言葉に周囲はためいきをついた。
「女心って、わからないもんだからなぁ。どうだ、ニコラ。」
「あたしに聞いてどうする。エリート空軍操縦士のお嬢様の気持ちなんてさ。」
エミリアの気持ちを計ってどうこうしようという気持ちがあったわけじゃない。レインが滅入っている姿をみたくないだけだった。
「エミリア少尉の壁ってのは、心当たりがあるんだ。」
ジリアンの言葉にみんな集中した。
「エミリア少尉がスカイロードでルームメイトだったフェリシア皇女殿下がレインにその・・・。」
「レインに?」
「高級時計をプレゼントしているんだ。」
「ええ!?」
一斉に驚いたと同時にみんな納得した。
「つまり、友情に遠慮しているってこと?」
ニコラは知った口をきいたが、周囲の反応はなかった。
「まてよ、まてよ。皇女殿下って婚約者がいてたはず。」
ステファノは時事ネタに詳しいので思い出したように言った。
「それなら、エミリア少尉にも婚約者いてるよ。それでへこんでるんだ、レインって。」
「はぁ~ん。」
「勝ち目のない相手か。」
「さぁ、よく知らないけど・・・。」
ジリアンは振り返ってテオの様子をみた。テオなら、エミリアの婚約者のことに詳しいだろうと知っていたからだ。その目線を感じてステファノは言った。
「キャプテン、サンジョベーゼ少尉の婚約者を存じてますかぁ。」
地図を拡げて見入っていたが、みんなの会話は耳に入っていた。すこし反応をしたものの、また地図に集中して言った。
「エリート軍人だが、一般の出身で後ろ盾欲しさに婚約したんじゃないかな。将軍の肩書き欲しさだという話を耳にした。」
ジリアンは目を細めて、憤りを感じた。
「親馬鹿ばっかり。」
「ばっかりとは?」
「皇帝も親馬鹿だと思う。」
ジリアンに聞いたレオンも心なしか穏やかじゃなかった。
「レインの気を引くためにブルーボードっていうダイヤモンド加工された翼のエアジェットを手配したんだ。」
「へぇ~、それはまた。じゃ、皇帝も容認してるってわけ?」
「さぁ、レインのお母さんであるレテシアさんが皇帝のお気に入りの操縦士だと聞いたことはあるけど。」
ジリアンが言ったことでステファノはつかさずテオに質問した。
「キャプテン、そうなのですかぁ。レテシアさんが皇帝に気に入られたという・・・。」
「そうだ。」
「ひゅ~。」
「なんだか、入り組んだ関係だね。」
「大衆小説より、面白そうだな。」
クルーたちがにぎやかに話をしていることに、テオは水を差した。
「人の気持ちは周囲が計れるものではない。」
「もちろんですよ。」
「つべこべ言っても、本人同士の問題だ。もうすぐ中継ポイントの空港に着く。準備をしなさい。」
「はぁ~い。」
「了解、キャプテン。」
クルーたちが持ち場でやるべきことをし始めると、レオンはテオのそばに寄った。
「なにかあるのか、レオン。」
「皇帝は皇女殿下を溺愛しているのですか。」
「そうだな、誰がみても。」
「それって、命取りになりませんか。」
「大丈夫だと思う。オレンジローズは皇女殿下を抱えての大型空挺。空挺そのものが警護部隊になっている。」
「それって、どこに襲われても万全であることをアピールしているようなものですか。」
「うむ。それと、皇女殿下が副艦長として任務についているが、自身も弱い存在ではないとアピールしているらしい。」
「そうですか。」
レオン自身は、皇女殿下に対するイメージを持っていた。こちらが思っているより立場上大変なのだと思ったと同時に、その思いがエミリアにもあるとしたらと考えた。
「友情じゃなくて同情なのかな。」
「うん?なにか言ったかな、レオン。」
「いえ、何でもないです。僕も持ち場に帰ります。」
苦笑いをテオに向けて、レオンは操縦室から出た。出た際、レインに出くわした。
「大丈夫?」
「なにが?」
「いや、急にいなくなったから、具合でも悪くなったのかと。」
「ううん、別に。」
他愛もない会話に二人はお互い何を考えているかわかっていると言いたげだった。
「レインは皇女殿下に会ったことがあるんだよね。」
「うん、そうだけど。」
「どんな女性かな。」
「どんなって・・・。」
レインは正直言って皇女殿下に気がないので、どんな女性かと問われて言葉に表せないでいた。
「ジルから聞いてない?」
レインが自身無げに聞くと、レオンは苦笑した。
「わかったよ、ジルに聞くよ。」
レオンが去っていく後姿をみて、レインは罰が悪いなと思った。
「キャプテン~。」
「何だ、ニコラ。」
「このコースでいくと、アナキャンポ空港には1時間で到着であります。けど・・・。」
「けど?」
「先ほどの空軍部隊も駐屯するんじゃないですかね。でかいですよ、この空港。」
「はぁ、そうだなぁ。」
ニコラは舌を出して、ステファノに合図した。ステファノは、レーダーをみていて、オレンジローズの大型空挺の進路方向の予測ラインを出した。
「波乱でもおきそうかな。」
「起きるだろ。」
二人の会話に嫌気が差していたジリアンはイライラをつのらせた。そんなところへレインが操縦室に入ってきた。
「ジル、交代するよ。」
言い知れぬ空気が漂って、視線を感じたレインは周囲をみて、きょとんとした。
「なにか?」
「いや、なんでもない。」
ステファノはそういってレインの気をそらそうとしたが、テオは渇を入れるために言った。
「アナキャンポ空港に入るが、オレンジローズも駐屯する模様だ。相手が皇女殿下護衛の軍の部隊といえども、こちらの本質の行動を悟られないようにこころして当たるように。」
「了解!」
みんな一斉に返事したものの、レインはその後、驚愕した。
「え?!駐屯するの?」