第三十五章 こころ模様 2
鮮やかなライトグリーンに白いラインが入ったエアジェットとグレーのエアジェットの2機がホワイトソードに近づいてきた。それぞれの機体から一人ずつ、ホワイトソードに乗り移った。ホワイトソードの操縦室から、甲板が見える位置に、キャプテンのテオが待ち構えていて、クルーたちは様子を見守っていた。
「ご無沙汰しております。テオ=アラゴン殿。オレンジローズ空挺部隊副隊長中尉フランコ=ボルジです。」
グレーの機体から降り立った軍人はテオに直立不動で挨拶をした。
「ご苦労様です。こんなところで会うことになろうとは思ってもみてなかったですがね。」
フランコは後方に控えたもう一人に挨拶を促した。
「おなじくオレンジローズ空挺部隊の隊員であります、少尉エミリア=サンジョベーゼです。」
「あなたのことはよく存じ上げてます。お父上はさぞかし、自慢のご息女の活躍を喜んでいらっしゃることでしょう。」
「いえいえ、とんでもありません。なにひとつ親孝行のできていない娘です。」
「謙遜を。」
オレンジ色の操縦士着用の軍服に身を包み、毅然とした態度で接する姿のエミリアをテオは目を細めてみていた。
「早速、用件を。取調べと言っても、航路許可申請の確認をさせていただくだけです。」
エミリアは簡潔に詳細を述べると、手元にあるファイルを広げた。同じく、テオも手にしていた書類を提示し、要求どおりにした。
中尉のフランコはホワイトソードの外観を注視していた。操縦室が目に入り、質問をした。
「アラゴン殿、クルーには少年たちがいてるのでしょうか。」
テオとエミリアはフランコが見上げている方向に顔を向けた。
「はい。資格を持った少年たちですよ。」
エミリアはその少年たちのなかにジリアンの姿をみて、驚いた。
「アラゴン殿、スタンドフィールドの人がいらっしゃいますが、なぜですか。」
「なぜといわれても。」
エミリアは書類に目を通し、ホワイトソードがパトリック・クロス商会の所有物であることを確認した。
「スタンドフィールドがどうかしたのか、少尉。」
「あ、はい。パトリック・クロス商会の空挺でありながら、スタンドフィールドドックの人たちが乗船しているからです。」
「それはですね。ロブ=スタンドフィールドからしごいてもらうよう頼まれたものですからね。」
フランコもエミリアが手にしている書類を覗き込んだ。目を通して納得した様子だった。
「アラゴン殿もどういった関係でパトリック・クロス商会とつながりをお持ちですか。」
「いえ、なに、ガラファンドランド・ドックでは、クロス商会の空挺が出入りすることもたまにありますよ。」
「それはそうですが。あまり、いい話を聞かないものですから。気をつけられたほうが。」
「ご忠告ありがとうございます。オーナーのシモンにも言われています。ドックに閉じこもっているより、こうやって、空を飛んでいるほうがわたしには気が楽なものですからね。」
「そうですか。」
二人の会話をよそに、エミリアは操縦室をずっと見ていた。見えていたのはジリアンと見知らぬ少年と黒髪の青年。エミリアはレインの姿が見当たらないのを不思議に思っていた。そんなエミリアの様子を察してテオは口を差した。
「少尉はたしか、スカイロードの訓練でスカイエンジェルフィッシュ号のクルーと一緒でしたね。」
エミリアはテオの言葉で我に返った。任務と関係ない思考にとらわれているのに気がついた。
「ええ、そうです。」
「気がかりなことでも、ありますか。」
「いえ、そんなことありません。」
テオは少しいじわるなことを言ったと思い、口をつぐんだ。中尉のフランコは何を言わないとしているがわからないわけでもなかったので、思い出したように言った。
「ああ、そうだね。少尉はスカイエンジェルフィッシュ号の出発式に参加して黒衣の民族にスタンドフィールドの少年たちと襲われたんだ。」
エミリアはそのときのことを思い巡らされた。銃弾を受けたレインの鼓動が弱弱しくなりただ抱きしめることしかできなかったあの時を。
「レイン君でしたら、元気ですよ。なに、レテシア=ハートランドの息子なんですからね。」
「ほう、レテシア殿の。それは頼もしいですね。母親にそっくりな少年だと聞き及んでますよ。」
「そうです。将来が楽しみな少年のひとりです。」
ふたりは上を見上げた。そこにはレインの姿はなかったが、ほかの少年たちも将来が楽しみなのだろうと、フランコは思っていた。
「取調べは以上です。特に問題はありません。中尉、そろそろ退却いたしましょう。」
「そうだな。アラゴン殿、お手数かけしました。」
「いえいえ。お勤めご苦労様です。」
操縦室では、ニコラが操縦桿を握り締め、ステファノ、ジリアン、レオンが甲板を眺めていた。レオンが実況中継するような物言いで甲板の様子を報告していた。レインは甲板に降り立ったエミリアの姿をみて即座に操縦室から消えていた。
「あれが、エミリアか。へぇ、結構な美人じゃないか。」
「美人がどうかしたのかい。」
「いや、なんでもない。」
ニコラには関係ないとばかりに、ステファノはあしらった。
「どうして、レインはいなくなっちゃったの。」
「う~ん、ちょっといろいろあったからね。」
レオンの問いにジリアンはニコラを振り返り、返答を渋った。
「まぁ、いいけど。なんだか、僕たちを見ているようだけど、レインを探しているんじゃないのかな。」
「レオンもそう思う?」
「うん。」
「相思相愛?」
ステファノの小声でいう言葉にニコラはニヤニヤしながら、聞いていた。だいたいの検討はついていたので、差しあたって突っ込んだことをしなくてもいいだろうと思った。
レインは部屋に閉じこもっていたが、その部屋の窓からエアジェットが去っていくのが見えた。エミリアが操縦する機体をみて、思い出したかのように荷物から、スカーフを取り出した。緑の白いラインが入ったものだった。