第三十五章 こころ模様 1
深い森の中にたたずむ館は朝靄に包まれて、ゆっくりと目覚めるかのように薄明かりがともされた。メイドが廊下を行き来し、一日の始まりを告げるかのように、窓を開ける用事を済ませていく。
レースのカーテンで覆われたベッドに一組の男女が横たわっていた。男性がうめき声を上げると、女性は上半身を起こし、そっと男性の顔色をうかがう。目覚めていない様子に白い細い手を男性の頬に添える。その手の冷たさに男性は目が覚めた。
「怖い夢でも見たの?」
「いつものことだよ。」
上半身を起こし、両手で顔を覆い、先ほどまで見ていた悪夢を忘れようと努力したかった。でも、できない。何度も何度も繰り返し見る悪夢。
「俺のこころの中に入ったりするんじゃないぞ、イリア。」
「わかっているわ。」
短い白い髪、白い肌、細い上半身を男性の背中によりかけた。
「熱いわ、コリンの体。」
「イリアは冷たいな。」
白髪の少女イリアはグリーンオイル財団の保護のもと、デューク・デミストの屋敷に住んでいた。コリン・ボイドはデュークの養子となり、デュークの娘セイラが成婚し男子をもうけるまでの間、財団の後継者というかたちを取らされていた。コリンの育ての母親は、財団が引き取り、この屋敷でパン職人として働くこととなった。
「レインの映像を見たわ。」
「予知か?」
「おそらくね。とても苦しんでいて、何かを叫んでいた。」
コリンはイリアの体を払い、ベッドから離れた。
「助けを必要としているわ。」
「俺に何かできると思うか。」
「わからないわ。でも・・・。」
コリンはイリアに向かって怒りを露にして言った。
「だからと言って、レインを操ったりするんじゃないぞ。」
「わかっているわ。」
イリアは落胆した。求めていたものはここにもないと。コリンは服を手に取り、着替えた。
「俺は自分のことで精一杯だ。セイラや母さんを守っていかないといけない。友人とはいえ、レインを助けに行ってる場合じゃない。」
イリアはココロを傷めた。コリンの心の中に自分がいないことを知ったからだ。
「イリア、レインのことが気になるなら、君はレインのことを好きなのだろう。」
思いもしない言葉がコリンの口から出て、驚いた。すぐに別の思いがよぎってきた。
「レインはとてもレテシアに似ているの。とても、なにかしてあげたくなるの。」
「確かに。」
コリンも同じ思いをしていた。初等科のときから、何かしてあげたくてもなかなかできなかった。中等科になって友達になれたことで、ずっと一緒にいてたいと思っていた。
イリアはベッドの上で身を縮めるようにし両足を両手で包み込むと、横になった。コリンに強く抱きしめられたいと思いながら、コリンの背中を眺めた。イリアを抱いた男性は誰しもそうやって背中を向けてきた。自分の体が千切れてしまいそうな感覚になり、泣き出すのを堪えた。
ドアをノックする音がした。
「コリン様、お目覚めですか。朝食の用意が出来ております。セイラ様がお待ちになっています。」
「すぐに行く。」
「お伝えします。」
コリンはベッドを振り返り、イリアの様子に気づいた。
「寂しいからと言って、心の中に入ってきても、そこには何もないだろう。」
「言われなくても・・・。」
堪えていた涙がこぼれていく。コリンの冷たい物言いによりいっそうココロが傷つくのを感じているしかできなかった。
「お互い様なんだ。自分を理解してくれる人がどこかにいると求め続けて期待する、そして現実を知る。」
コリンはイリアに近づき、頬にこぼれた涙を拭った。
「強くならないと、求めていたものは手に入らない。」
コリンの指がイリアの顔から離れていき、その指をイリアはつかんだ。
「わたしは弱い?」
「ああ、弱いし、もろい。」
「壊れそうなの。」
「自業自得だ。求めているものは誰かが与えてくれるものじゃない。」
イリアは目を閉じ、唇を噛んだ。コリンはイリアの手を振り払い、ベッドから遠ざかり、部屋から出て行った。
ホワイトソードのクルーは和気藹々(わきあいあい)と航路を飛行していた。お互いの素性を明かし、後ろめたさをなくそうとしていたが、ステファノだけはあいまいな物言いで誤魔化した。レオンの素性を明かされて、ニコラは大笑いをした。
「あはは、そんなまさか。だったら、あたしは慰みものに名乗りをあげるね。」
ニコラはこのとき、自分だけが女性だということを忘れていたことに気がついた。視線がニコラに集中し、一瞬でニコラは凍りついた。
「あ、悪い。冗談が過ぎた?」
笑ってみせても、凍りついた空気は変わらなかった。
「レオンが誰の子供であろうと、俺たちは変わらない。知ったところでどうこうするわけでもない。」
エリオはニコラに助け舟をだしたつもりだった。
「皇位継承権は皇女殿下が一位で、あとは先の皇帝の親族になる。表に出てこない皇位継承者がいるとなれば、レオンやジリアンもその可能性を否定できない立場ではある。」
「え?ジリアンも?」
「馬鹿か、話聞いてなかったのか。」
ステファノに言われてニコラは歯軋りをしてにらんだ。
「僕が皇位継承者として証明されればセイラも該当者になってしまう。それはあり得ないよ。」
テオはため息をついて、みんなの顔を見渡した。
「確証はない。証拠がないわけじゃないが、皇帝がレオンのことをどのようにしようとしているかがわからないだけだ。」
「ことの重大さは把握しておいたほうがいい。どういう方向性で狙われるかわかっていないと身は守れない。」
ステファノの言葉にジリアンは思った。自分自身だけでなく、レインも命が狙われたことを。
「まぁ、まずは、北の地方で情報を手に入れてから、作戦を練るところからだな。」
全員がなんとなく頷いて、理解したかのようだった。
突如、けたたましくサイレンが鳴り響き、ステファノはレーダーを確認しながら、通信を開始した。ニコラも自動操縦にしていた席にもどり、レーダーを確認した。レーダーにはかなり先に大型空挺が近づいてきていることを示していた。
「なんだ、これは。」
「どうした?」
ニコラがレーダーを確認して機体の詳細をつかもうとしたが理解できずにいた。テオがそばによりレーダーを確認すると、大型空挺の周りにエアジェットが数機飛行している様子が伺えた。
「もしかしたら。」
テオは機体が飛行する並び方であるフォーメーションを読み取って、ある人物を思い浮かべた。
「キャプテン・テオ。一方的ですよ、取調べをすると言って来てます。」
「相手はいったい・・・。」
「オレンジローズです。」
「やっぱり、皇女殿下を抱えた空挺か。」
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)18歳
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)16歳
レオン=ゴールデンローブ(ホワイトソードのクルー・救護)17歳
ステファノ=ジュリアーニ(ホワイトソードのクルー・通信士)26歳
テオ=アラゴン(ホワイトソードのキャプテン)45歳
エリオ(ホワイトソードのクルー・エンジニア)29歳
ニコラ(ホワイトソードのクルー・操縦士)25歳
コリン=デミスト(レインの友人)18歳
イリア(白髪の少女)19歳
デューク=ジュニア=デミスト(現グリーンオイル財団理事長)41歳
セイラ=デミスト(セシリアとデュークの娘。)8歳
セリーヌ=マルキナ(デューク=ジュニア=デミスト理事長の第六秘書)29歳
エミリア=サンジョベーゼ(オレンジローズ・皇女殿下の直属の部下・少尉)20歳
ウィンディ=ゴールデンローブ(軍医)
マルティン・デ・ドレイファス(コン・ラ・ジェンタ皇国の皇帝。セシリアの実兄。)40歳
フェリシア=デ=ドレイファス(皇帝の第一皇女。オレンジローズ副艦長)20歳