第三十四章 燕尾短し 3
地図を広げられて、おおかたの行動予定が発表された。スタンドフィールドから目指すは北の地方。スワン村が近くにあるとされて、黒衣の民族が居住する地域近辺を通過する。北の地方にはグリーンオイルの種を運ぶ段取りだった。その地において、パトリックが手配した情報屋と打ち合わせする手はずになっている。その後、グリーンオイル製造会社の拠点などの説明があり、目ぼしいところは山深い東の地域だと説明があった。
この計画を知るものは、メンバーとパトリックのほか、財団の理事長と第六秘書セリーヌ・マルキナ、ガラファンドランド・ドックのシモンとなっていた。一通り説明が行われ、ドックを発つ日は翌日とされた。
「打ち合わせは以上だ。解散でいいかな。」
皆は思い思いの言葉を口にし、「了解。」と返事をした。
「レオン、話がある。」
テオに言われて、レオンは展望室からひとり出された。話の内容は母親ウィンディのことだった。
「サンジョベーゼ将軍の部下に連れられて北の地方へ向かったという話なんだが。」
「はい。」
「将軍が命令指示書を手配してのことだから、移動中に問題なければ北の地方で会えるだろう。」
「ほんとうですか。」
レオン自身、周囲にはあまりウィンディの話をしていなかった。テオでさえ、レオンの喜びに驚いたぐらいだった。レオンのこころのうちには母親に会いたい気持ちがあったのだなとテオは思い、そのあと、危惧した。
「ウィンディの無事を確認できるのはいいが、この計画にレオンを巻き込んでしまって申し訳ないなと思ってな。」
「いえ、パトリックに会いたいと言い出したのは僕ですし、ウィンディが無事だと安心できる問題でもないです。レッドオイルの存在は人々を幸せにはできないし、そのことを知りながら、無関心でもいられない。避難所を転々としていた僕ですから、レインたちもいることだし、大丈夫ですよ。キャプテン。」
レオンの笑顔がやけに心苦しく思えたが、少年の試練への旅立ちと理解できればやめさせなくてもいいだろうと考えた。
レテシアがドックにもどり、エリオが対面を果たした。感動のあまり言葉が出てこず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あの。」
「しゃべらなくていい。そのままで、そのままで。」
レテシアはエリオの素性を知らないまま、言われたままに笑顔で立ち尽くしていた。そんな二人を横目にレインは嫌な顔をしながら、シーアリアを抱いていた。レテシアがもどったとたんに手渡されたのだ。シーアリアはレインの気持ちをものともせず、一生懸命にレインの顔を撫でていた。
一方、腑に落ちない点をかかえたロブはニコラに質問をしてみた。
「パトリックに忠誠を誓い、命は惜しくないというが。君たちふたりはどういった関係なんだ。」
ニコラはエリオの様子をみながら、自分たちの生い立ちを語った。ニコラは生後すぐに母を亡くし、エリオの養母に乳をもらって育った。二人は兄弟のようにして育ったが、10代はじめにそれぞれ親と養い親を亡くし、人身売買にあってパトリックに引取られた。運よく二人一緒に引取られたわけだが、パトリックの計らいにより、空挺の職に就けるよう資格や技術をたたきこまれた。ホワイトソードは実際に攻撃目的のための中型空挺だったのでその乗組員になることは二人にとって極当たり前のように感じていた。身寄りの無い二人がホワイトソードの新たな任務に対しても異存なくメンバーに加わったのも当然だと思っていると話をした。
「ホワイトソードの乗組員になるというのに、異存はないとのことだが、ほんとうにそれだけなのか。」
ロブの問いには、ニコラは無反応だったが、手ごたえはあったように思えた。
「特に、別に。」
「疑うような物言いだったね。悪かったよ。」
「別に気にすることはない。初対面で、疑わないほうが怖いよ。」
ホワイトソードの出発の準備が進められ、大きなガラスタンクが搬入された。出発直前に、ステファノはロブとふたりきになり、頼みごとをされた。
「ステファノ、お願いがある。」
「なんだよ。」
「レインとジリアンのことを頼む。」
「言われなくても・・・。」
「レインとジリアン、二人とも失うようなことがあってはならないんだ。」
ロブの言葉の意味を理解できないわけじゃない。どこまで面倒見切れないとは思いつつ、だからと言って、責任が持てないとは言えない。
「出来る限り。」
ステファノの言葉にロブは落胆した。その様子を察し、苦悶してから、口にした。
「分かっている。跡継ぎを失うわけにはいかないからな。俺は出来る限り、どちらも失いたくないし、怪我もさせたくない。最悪でも二人とも失うことは絶対にさせない。」
ステファノは力強く言い切った。ロブは安堵ですこし微笑んだ。
「申し訳ないと思っているが、頼めるのはステファノしかいない。」
ステファノは無言でうなづき、ロブの前から去った。