第三十四章 燕尾短し 2
「なんだ、このひよこたちは?」
大きな声でエリオは叫んだ。テオ=アラゴンが自己紹介して、すぐのことだった。
「誰のこと?」
ステファノは自分がそのひよこに加えられているとは思わずに、口にした。
「お前と、そいつと・・・。」
「俺はひよこじゃない!」
「年端もいかない、ガキだろう。」
「俺は25歳だ!」
エリオはわざと驚いて見せた。
「へぇ、あたしより年上なんだ。そうはみえないね、きれいな顔して童顔じゃない。」
ステファノはいつになくイラついていた。いつもはひとをイラつかせて楽しんでいるステファノだったので、レインたちは笑いをこらえていた。
「きみたちは美しくないな。」
テオが言ったのは、エリオとニコラの服装だった。
「キャプテン・テオは綺麗な人物じゃないとご一緒できないというわけですか。」
少し腕組みをして考えこんだ。そして、口を開いた。
「エリオ、君の腕にあるものは、刺青じゃないよな。」
「シミだ。」
「なぜ、できる。」
「エンジンオイルが飛び散ってな。」
「待ちたまえ、エンジンオイルが飛び散るとはどういうことだ。」
テオ以外の者たちも聞き捨てならない言葉を耳にして驚いていた。
「いや、修理に出す前のエンジンがポンコツでしょっちゅうオイルを飛ばしまくっていたんだ。」
「修理前というと。」
「財団が秘密裏に新しいエンジンを用意してくれた。表だって搬入するのは危険すぎるってな。」
そこにいた人間たちがいっせいに安堵で胸をなでおろした。
そして、テオはニコラをみた。ニコラは目線を感じて、服をひっぱってみせて周囲を見た。
「まぁ、こんな性欲のない男どもがいるくらいなら、こんな格好しなくてもいいかな。」
「性欲ない?!なんだ、それ。」
「さあ。」
ステファノが反応した割に、ニコラはわれ関せずという態度を示した。頭をかかえつつ、ロブはジゼルかステファノの古着でよかったら着てみないかと提案して、ニコラは承諾した。
レテシアの名を口にされて、エリオが反応した。
「やっぱり、レテシアはココにいてるのか。」
キョロキョロしているエリオにニコラは肘鉄をくらわした。
「エリオはいつになったら、空気が読めるんだよ。」
「お前に言われたくないな。」
「レインの母親がレテシアだって言ってんだ。父親がここにいてもおかしくないだろう。」
そのことばにようやくエリオはショックを受けた。ディゴをにらむようにみたら、ニコラからゲンコツが頭に飛んできた。
「イタイ!」
「馬鹿野郎だな、まったく。」
「なんだよ。」
「男前のロブに決まっているだろ!しかもスタンドフィールドって名乗ってるんだからな。」
二人の会話に周囲はあ然とするしかできなかった。
「さっきの話にもどっていいかい。」
ニコラは、話をレインたちのことにもどそうとした。
「ステファノが25歳でも、こちらはどうなんだよ。メンバーに加えて大丈夫なのか。」
レインとジリアンはふてくされるしかなかったが、航空操縦士の資格を持っていることを告げた。
「レインとジリアンは副操縦士で、ステファノは通信士、レオンは救護班だ。」
テオの説明に、レオンは看護士の資格を取得したことを付け加えるように言った。
「で、エリオはエンジン技師だとして、ニコラは?」
「あたしは、操縦士だ。」
「あはは、子守にうってつけだな。」
エリオの言葉にニコラは歯軋りしてみせたが、馬鹿にされた感じがしたレインとジリアンは今後このメンバーでやっていけるのかと不安を口にした。
「大丈夫。僕がいるからさ。」
レオンは楽天的に言ったが、その言葉には目的の内容が尋常じゃないのでこれぐらいがいいとさえ、思った気持ちをこめた。
「ロブはいかないのか。」
エリオに言われて、深くうなづいた。理由はドックを守らなければいけないからだと。エリオはとなりにいたディゴをみた。
「俺も行かない。ロブの兄貴と約束したんだ。ロブの力になるとな。」
ついで、テオは二人には妻と幼い子供がいて、危険なことに身を投じられないと付け加えた。
ホワイトソードの目的をテオは説明した。表向きは運び屋だ。それは以前からやっている業商だった。しかし、本来の目的はレッドオイル製造工場を突き止めて破壊すること。それぞれに思いをぶつけるように目的について語った。レインとジリアンは言わずもがな、オホス川周辺の街が破壊されたのがレッドオイルだったので、いち早く手を打ちたいと言った。レオンは自分の母親が巻き込まれる可能性が高い上、シヴェジリアンドの地でもレッドオイル爆弾を経験していたことを話した。ステファノはジャーナリストと行動を共にした際聞きかじったレッドオイル爆弾の製造について確かめたいことがあると言い出した。自身は興味がなくて子守代わりにメンバーに加えられたと思っていたが、レオンたちと気持ちを同じくしないと悪いと思っていた。
テオは言った。
「わたしは空挺第五部隊隊長だったが、暗躍するレッドオイル製造については何も知らなかった。知り得てからというもの、行動せずにはいられなくなった。だから、軍を辞めた。」
尊敬をし憧れていた皇帝がその暗躍する輩に手を貸しているということまで知ってしまってから、自分の暗愚なことへの悔しさから決意したと。
「わが国主が道を違えたなら、忠臣は身を挺して忠告すべきだ。しかし、わたしは直属の部下でもなく、忠告できるような身でもない。幸い、サンジョベーゼ将軍がその機会を得ようと努力されている様子だ。私も微力ながら使命を果たしたいと思っている。」
テオの真剣な話に周囲は気を引き締める想いだが、エリオとニコラは少し違っていた。先ほどとは違いただ苦みばしった顔をしていた。
「なにか不満でもあるかな。」
水を向けられたが、しばらく無言だった。
「なにか言いたいことがあるなら。」
「きれいごと言ってても、悪い奴らを殺したとして、それは臭いものにふたをすると言った具合しかならない。」
「もちろん、殺すとかが目的ではない。」
「徹底的につぶさないとだめだ。グリーンオイル製造会社を。」
ニコラの言葉にステファノは鼻で笑って見せた。
「何をさ。」
「いや、製造会社をつぶそうなら、軍が一斉に攻撃してしまえばいいだけだろう。しないのはなぜなんだ。」
「グルだからだろう。」
「馬鹿か、おまえは。大手企業だからだ。あれだけ巨大なグリーンオイル製造する会社はないんだ。」
エリオに向かってニコラは無言で歯をむき出しにして怒りを露にした。
「軍を動かすのは大義名分がいる。レッドオイル攻撃は、シヴェジリアンドもオホス川の街も軍要請での製造会社からの発射になっている。オホス川は誤射だったかな。レッドオイル攻撃を軍が指示したことになっているから、動くことはまずない。」
「大義名分は黒衣の民族や皇帝排除の派閥集団を攻撃する。理由なんていくらでもでっち上げられる。お互いの利点を鑑みて駆け引きされている。しかし、もう、その駆け引きに多くの人間の命を犠牲にしなくていいようにしないとな。」
ステファノは憎しみをこめて語った。その気持ちにはジャーナリストの死を痛む思いをこめた。
「わかった。俺たちは守らなければいけない家族とかはいない。俺たちを拾ってくれたパトリックおやっさんに命を預けたんだから、ホワイトソードで命を落としても惜しくは無い。メンバーみんなが真剣に取り組んでいくことに代わりにはないだろう、それを知ることができたなら、これ以上何も言う必要はない。キャプテン・テオに着いていくしかない。」
「よく、言ってくれた。」
テオは勢い良くパンッと手をたたき、地図を広げた。世界地図でおおよその見当がついている目的の場所やグリーンオイル製造会社の場所を説明した。