第三十三章 青眼の姿勢 7
レオンはあらためて、医療学園都市を眺めていた。レインから聞かされていた話と同じく、最新精鋭な設備が整った街がやけに寒々と閑散としていて、人が住んでいる感じがしなかった。いずれ、ここで医療を学ぶために暮らさないといけないのかと思うと、気持ちが重くなった。
「どうしたんだよ。いつになく、暗い顔して。」
「暗い?へ、そうかい。武者震いがして、鼓舞しているっていうのに。」
ステファノがレオンの内心を察したのは、空挺の話があまりに大げさだと思えていたから。レオンはため息をついたあと、言った。
「医療学園都市で人々が暮らしている感じがしないからさ。」
「陰惨なところだからな。」
ステファノの言葉にレオンやレインも不安な面持ちで聞いた。
「昔はそうでもなかったらしいが。研究熱心なものたちが財団の研究都市へ移動したからさ。」
二人はなんとなく納得した。
「レッドオイル研究所はもっと陰惨なところかもな。」
レオンは唇を噛んで、リリアから聞いたホワイトソードの計画を思い返した。
ホワイトソードは、表向き輸送ためだけの中型空挺で、中身は重厚に武装していていつでも攻撃可能な状態のものだった。しかし、今まで攻撃したことはなかった。軍ではなく一般企業で攻撃を目的に武装した空挺の保有は認められていない。軍の強化で盗賊の輩は無く、保守のための武装は必要としていなかったからだ。黒衣の民族が攻撃していたこともあったが、一般の空挺を狙うことは滅多になく、狙われたのはせいぜいスタンドフィールドのアレキサンダー号ぐらいだった。
ホワイトソードは輸送目的のために、船長ほか、乗組員が数名いたが、天候のトラブルに見舞われ、故障して修理になってから、動かしていなかった。いったん、解散して再度集めなおしたら、乗組員は二人しか戻らなかった。この二人をクロス側の人間としてホワイトソードの乗組員に加わり、あとのメンバーはスタンドフィールドで編成するよう支持された。
この計画をスタンドフィールドに戻って、ロブに話すと、渋い顔をした。
「そんな計画を持ち込まれるとは、思いもしなかったな。」
傍らにはディゴがいて、危険すぎると意見された。ロブ自身にはレオンのためにできることがあればしてあげたい気持ちがあった。ウィンディがクレアの恋人だから、力を貸さないわけにいかないと思っていた。首を傾げようとしておもむろにレテシアが視界にいてたのに気づいたとき、彼女の顔色を伺ったが、見る間でもなく芳しくなかった。
「乗組員と言っても・・・。」
「テオに相談してみるのはどうかなって思ってさ。」
レオンの言葉に一同は大きくうなづいた。
話は大きく動き出した。元空軍の少佐だったテオ=アラゴンを船長に、パトリック=クロスからのふたり、通信士にステファノ、エアジェット操縦士にレインとジリアン、救護班としてレオンが加わり、7人の体制となった。今回、ロブとディゴが加わらなかったのは、スタンドフィールド・ドックを運営していく上で病気がちなラゴネにまかせておくわけにいかなかったからだ。
「まぁ、テオがいてくれれば、大丈夫だろう。」
そんなロブの言葉にレテシアがレインとジリアンを加えるのに反対したが、二人はおおいに乗り気で、内心喜んだ。理由はレテシアから離れたかったからだ。
レオンは多少心配だった。診療所で勉学に励み、医療学園都市で医術を学ぶはずだった。まだ、完全に回復していないミランダのことも気がかりだったが、マークに説得された。
「実の母親を守るべく動き出した計画だ。レオン自身が加わらなくて後悔したりしないか。」
無論、後悔することは明白だった。勉強は空挺にいてても出来るだろうとも言われ、背中を押された気持ちになり、マークに礼を言った。
「必ず、帰ってくるんだと言いたいが、クレアに言ったその言葉が無駄になった。」
寂しげな顔のマークにレオンは真剣なまなざしを向けた。
「僕はかならずもどってきます。」
マークは力強くレオンを抱きしめた。
レインとジリアンはロブとレテシアと共にレジーナ像の前にいた。生後6ヶ月のシーアリアも一緒で、健やかな成長を祈り、レインたちの無事を祈った。シーアリアは屈託の無い笑顔をみんなに向け、平和に安穏とした日々を感じさせてくれていた。
「ほんとうに行ってしまうのね。」
「母さん、心配要らないよ。僕たちはスカイエンジェルフィッシュ号でいろんな経験をしてきたんだ。」
「グリーンエメラルダ号にいてるときに、二人の成長振りを見届けていたんじゃないのか。」
「ロブ、心配じゃないの?」
「心配だが。レインたちを信じよう。アレックスの子孫たちはどんな試練にも立ち向かい乗り越えることができると。」
ロブはドックを出る前にレインたちを思い出してみた。あのころは過保護すぎたと、痛く感じた。そばにいて教えることはもうないと思っていた。レテシアと一緒にいて安心させてやることで、家族を守るということはどういうことか示すことが出来ると思った。そのことは口にしないままに、ロブは二人に真剣な面持ちで言った。
「レイン、ジリアン。」
「はい。」
「なに?」
「敵を見誤るなよ。」
その言葉の意味を理解するのは、二人には容易でなかった。さらに経験を得ないと理解しがたいことで、ロブ自身そのことで躊躇していた部分があることを自覚していた。今は語らないでおこう。
驚きの表情をみせたままのレインを尻目に、ジリアンが言った。
「僕たちは、僕たちで得たもので、判断していく。それは兄さんたちが体を張って示してくれたことから学んだんだ。クレアさん、カスター、コーディ、ジョナサン、アルバート・・・。」
ジリアンの目に涙があふれて、それ以上いえなかった。
「大丈夫、まだまだ子供かもしれないけど、僕たちには仲間がいるから。」
ジリアンの意思を理解したうえで、レインは自分の言葉で言った。