第三十三章 青眼の姿勢 6
トランスパランスを出ると、森の中に道があり、そこを徒歩で抜けていこうとしていた。ステファノとレオンは気配を感じていた。二人の様子にようやくレインが気がついた。どんな攻撃を仕掛けてくるのかと思いながら、いつものように歩いていると、頭の上を鳥が数匹飛び交った。気をとられた隙に、4,5人が森の中から現れ、レオンを取り押さえようとした。ステファノは阻止するべき攻撃を仕掛け、レインもつかさず、レオンの前に立ちはだかった。ほどなくして、襲ってきた輩を組み伏せた。一人逃げ出して、残りのものを倒し、後追いされないように、木にくくりつけて、足早にそこを去った。
「トランスパランスに、情報をもらす人間がいてもおかしくない。ほとんどの人が素性を隠しているからね。先導師は隠し事がだめな方なので、僕は本名を名乗っていたんだけど。」
「まぁ、パトリック・クロスと通じている人物がいるんだ。情報として、中のことを把握しようとしていてもおかしくないさ。」
「ところで、これからどうするの?」
「医療学園都市に向かう。」
「医療学園都市?」
「なぜに?」
「病気療養中らしい。」
レオンはメモ書きをポケットから取り出し、二人に見せた。なかに書かれていたのは、医療学園都市にある病院の名で、訪ねてくるように書かれていた。
「いずれ、行かなければいけないところだったし、丁度いいかな。」
「え、ほんとに、医者になるつもりかよ。」
「悪い?」
「いや、かえるの子はかえるとは限らないと思ってさ。」
「感じ悪いな、ステファノは。」
二人がじゃれあう様子をみながら、レインは二人の会話の意味をいまいち理解していなかった。そんな妙な顔をしているレインをみて、ステファノはためいきをついて、レインの頭を両手で押さえた。
「お前の脳にはちゃんと詰まっているのか。」
「詰まっているよ。」
「これがチャンスさ。」
「何のチャンス?」
「弱っている人間ほど、手を差し伸べてくれやすい。」
「はぁ~。」
「ましてや、軍医だ。当たってみないとわからないけど、手ごたえはあるかもしれないぞ。」
レインの頭のなかには疑問符がいっぱい並んだ。レオンはただ、苦笑いするしかなかった。
グリーンオイル財団研究所の都市に似た町並みが広がる、医療学園都市。医療関係の研究所から、医療関係者を育てる学校が多数あり、病院施設もさまざまな分野で密集していた。かつて、クレア=ポーターが医療を学んだところで、この国の8割の医者が医療学園都市で学んでいた。
3人は指定された病院にたどり着いた。受付でレオンが名を名乗り、パトリック・クロスを訪ねてきたと述べると、病室をしらされた。レオンだけが病室に入室することを許され、レインとステファノは病室の外で待った。
病室には髪の長さが足元まである色白の女性が立っていて、お辞儀をした。
「お待ちしておりました。レオン=ゴーデングローブさん。」
女性の服装がトランスパランスで見かける白い服装だったので、レオンはパトリックの娘だろうと推察した。
「はじめまして、よろしくお願いします。」
「ただいま、父パトリック=クロスは就寝しておりまして、代わりに私が伺うよう仰せつかっています。わたしは娘のリリアと申します。」
リリアはソファに腰掛けるよう促し、テーブルに飲み物を用意して、レオンの前に座った。
「病状がよろしくないのですか。」
リリアはカーテンが締め切られている方向をちらりと見た。
「いえ、ただの仮病です。」
「仮病?」
「ええ。トランスパランスに従っている私を外に出すための口実です。病気ではないのです。」
「はぁ。」
「気になさらないでね。先導師の口利きとはいえ、困っている方の手助けができることは父の贖罪ができるということですから。」
「いや、しかし、普通に困っているというわけでは・・・。」
「先導師からお話を聞いておりますから、遠慮なく。父ができそうなことですし。父が何をしているかはきちんと把握しているつもりです。」
少々面食らったレオンだったが、まずは目の前にいているリリアを説得するところからの試練かもしれないと誠意ある態度でつぶさに語った。
「グリーンオイル製造会社の件で、確かにウィンディ=ゴールデングローブさんについての情報を手に入れていた様子ですわ。」
「では、情報を得ようとしているのはなぜかも。」
「把握しています。おっしゃるとおり、負傷の軍人を輸送する際の横流しが狙いだそうです。」
「相当な悪巧みだな。」
「そうですね。死体を輸送するというのは目的が遺族に返すためであり、道徳理念に反するものでもありません。しかし、負傷した軍人を実験目的で輸送するのは、犯罪そのものになります。」
「そういったことが横行している以上、研究をやめさせるためにも何か手を打たないとだめでしょう。」
「ウィンディさんを監視するだけでなく、その動きも封じるというのですか。」
「監視・・・、誘拐されないようするだけでは、イタチごっこになるでしょう。ウィンディは同じところにとどまっている人ではありませんし、いつも危険とは背中合わせなところへ行きたがるのですから。」
「お互い、大変手のかかる親をもったようですね。」
リリアの笑顔にすこし、ドッキリとしてレオンは下を向いた。
「いや、手のかかるとは思ったことはないですが・・・。」
含み笑いをした後、リリアは言った。
「そうですねぇ、研究をやめさせないと、多くの犠牲者が出てしまうでしょうね。何も根拠もなく攻撃できない、大義名分すらないうえに、負傷した軍人を実験台にしていることも黙認している軍は動けないいでしょう。」
「ほかの組織の動きも把握しているのですか。」
「ええ、商売がら、いろいろな組織の顔色は伺っておかないといけませんから。」
リリアは突如として立ち上がり、カーテンの向こういくと、丸い筒を持って現れ、中から図面を取り出した。
「何でしょうか。」
「空挺の設計図です。」
「空挺?」
「ええ、輸送会社ですから、自前で空挺を保有しています。」
「あ、はい。」
「このホワイトソードという名の空挺を提供します。」
「提供?」
「ええ。武器と砲弾を装備しています。研究所を破壊できるでしょう。」
「ええ!?いきなり、唐突で荒い計画ですね。」
リリアは笑顔をレオンに傾け、設計図を筒に仕舞いこんだ。
「父はアレックス・スタンドフィールドを尊敬しているのです。ロブさんとはいろいろあったみたいですが、力になりたいという気持ちがあったのです。アレキサンダー号が破壊されたときに、このホワイトソードを用意しておいたのですよ。」
「では、その話をロブの息子レインに・・・。」
「ロブさんに直接話もできなくて、レインさんにあわす顔もないそうです。察してください。」
レオンは苦笑いをリリアに向け、内心ではこう思っていた。
(なんだ、お互い様ってやつか。)