第三十三章 青眼の姿勢 3
ラゴネは暗室でグリーンオイルの種を製造していた。レインとジリアンはその様子を食い入るように見ていた。いつかは継がせなければいけないと思っていた。それはラゴネから若い者たちへ受け継いでいくものだが、若い者はゴメスをはじめフレッドとラゴネより先に逝ってしまった。こころの奥底でロブでは間に合わないと思い、グリーンエメルダ号でグリーンオイル製造に関わっていたレテシアに伝授しようとした。しかし、産後のレテシアには限度があった。自分の寿命を感じて、先を急ぐことにした。
「このグリーンオイルに高濃度の酸素液体で培養する。タンクに仕込む種を製造するんだ。」
「はい。」
「わかっていると思うが、色の違いで種を見極めるんだ。」
ふたりは真剣なまなざしでラゴネをみて、種ができていく工程を頭にたたきこもうとしていた。今までに言われるがままに、手伝いをしていた。タンク製造がどうして必要なのか、聞かされてから手伝わされた。種がどうしてできるかなどは聞いてはいたが、目の当たりにして増えていく様子はまだ、見たことがなかった。
「じいさま。濃い緑は酸素が十分で、黄色がかかっていたら腐ってきているということだよね。」
「いや、違うぞ。黄色といっても、植物と一緒でだな、病気になっているということなんだ。新鮮な水と酸素で回復していく。手遅れになるのは、茶色だ。わかったか。」
「はい。」
ラゴネはふたりの姿に、幼い頃のフレッドとロブの面影を重ねた。ラゴネより年下だった、フレッドとロブの父ゴメスが亡くなった時に寂しく思った。まさか、フレッドの死を受け入れなければいけないとは思ってもみなかった。そして、いま、命知らずなロブの亡骸を見るはめにはなりたくないと思った。
ラゴネはレインの頭を撫でて言った。
「お前たちふたりが中心となって、このスタンドフィールドドックを守っていってほしい。」
二人は、ラゴネに心配をかけたくない一心で満面の笑顔で「はい」と答えた。
白くて丸い月が、タンディン診療所がある丘を明るく照らしていた。レッドオイル爆弾の悲劇以来、診療所をたずねる者はスタンドフィールド・ドックの人間以外にいなかった。生存できた街の人々は他の土地に避難したり、身寄りのないものたちが施設に引き取られたりしていったからだ。静まり返った宵闇、やけに明るい月が不気味に思えた。そう、あの夜のように。
夕食後に、マークが月明かりの様子を話すと、レオンは落ち着きをなくしてきた。こころの中では外に出たくないなと思っていた。窓から入ってくる夜風が心地よく、窓辺で呆然と立ち尽くしていたミランダの様子が変わってきた。マークは気がつかなかったが、レオンは直感的に違いを感じていた。
「ミランダ、大丈夫?」
レオンを見ようとしているミランダの目線がレオンに向いていない。
「大丈夫よ、レオン。なによ、なんともないわよ。」
レオンがマークに言って、指摘をした。マークはミランダを呼び寄せ、目を合わせようとすると、ミランダはめまいがするといって、倒れかけた。
「おいおい、大丈夫じゃない。寝室で横になってないとだめだ。」
「そうね、レオンの言うとおりかもしれない。ごめんなさい、心配かけたくなくて。」
マークにはいつものミランダに思えた。しかし、レオンの疑いはまだ晴れない。目線のあわない様子が気になって仕方なかった。寝室で付き添うわけもいかず、しつこくするのは気に病んでしまうことになるだろうからと食事の後片付けをしはじめた。
ミランダは寝室にはいると、ふたりにわからないように電話をかけた。かけた先はスタンドフィールドドックだった。繋がってとったのは、通信担当のステファノだった。
「タンディン診療所のミランダ=テレンスです。こんばんわ、遅くにごめんなさい。レテシアにかわってほしいの。」
「わかりました。しばらくお待ちください。」
なにも疑うことなく、ステファノはレテシアを呼び出した。レテシアは電話口に出た。
「こんばんわ、ミランダさん。検診でなにか結果が出たのかしら。」
「いいえ、検診のことではないわ。わたしがわかるかしら。今晩は満月よ。」
電話の向こうで声がするのはミランダだが、話していることである人物だと理解した。
「ええ、わかるわ。無事だったのね。」
「ええ、無事だったわ。どうしても伝えたいことがあって。」
「伝えたいこと?」
「ロブに伝えてほしいの。」
「ロブに?」
「カスターには酷いことをしてしまったわ。」
「イリア・・・。」
レテシアは声を詰まらせて、それ以上話せなかった。
「レテシア、わたしはあなたのことを愛しているわ。大事に思っているの。」
「ええ、わかっているわ。わたしもあなたのことを思わなかった日はないわ。」
「これだけは言える。一緒にはいられない。そして、わたしにできることをするわ。」
「なにをするの?」
「安心してちょうだい。命を粗末にするようなことはしないから。」
その後の言葉を言い出そうとして言えなかった。人の命を奪ってまで生きている自分がどこまで無事にいられるはずもないことをわかっていたからだ。そして、電話の向こうですすり泣くレテシアに思いを寄せた。
「あなたが幸せならばそれでわたしも幸せ。」
「そんな・・・。」
「あなたと一緒にいられた時間は私のとって幸せでした。」
「命を粗末にしないって言ったけど、無茶なことをするのでは・・・。」
「大丈夫。大丈夫だから。いつか、シーアリアに会えることが出来たら。それがわたしの望みかな。」
電話はそれで切れてしまった。レテシアは嗚咽して崩れた。ステファノが心配してロブを呼んできた。泣き崩れてわけを話そうとしないレテシアをロブはやさしく抱きしめることしかできなかった。
電話を切ったミランダは寝室を出て、ふたりに気づかれないように診療所を出た。月明かりを浴びるようにして丘に立ち尽くしていると、レオンが気づき、ミランダを連れもどそうとした。マークに気づかれないように。
「ミランダ。」
声をかけても、返事がなかった。
「ミランダじゃないんだ。誰なんだ。」
「あなたがレオンね。ほんと、コリンにそっくり。」
ミランダがレオンの方へ振り向くと、目線はレオンを見ていなかった。
「おまえが、コーディを。」
「目的はわかっていると思うけど。」
「コリンなのか。」
「ええそう。わたしにはしなくちゃいけないことがあって、そのために。」
「コーディやカスターの命を奪ったのか。」
無言のミランダが下を向くと、目から涙がこぼれた。
「今は、その話をしている場合じゃないの。」
「いったいなんだ。」
「トランスパランスの先導師に連絡をとって、パトロンを動かしなさい。」
「パトロン?」
「ええ、そう。輸送で大儲けした人物よ。」
レオンは眉をひそめた。こころ当たりがあったからだ。それはトランスパランスで世話になる前に、ウィンディから世間の情報として知り得たものだった。
「グリーンオイル財団を動かすと情報が漏れてしまうの。」
「どういうことなんだよ。どうして俺が指図を受けて、いうこと聞かなくちゃいけないんだ。」
「さもないと・・・。」
「さもないと?」
「母親のウィンディの身が危ないのよ。」
「何だと!」