第三十二章 生命の灯火 6
陽が沈みそうな頃、ロブは汗を拭い、言った。
「ようやく、これで終わりだな。」
レインやジリアンは泥にまみれて顔をタオルでふき取った。レオンは盛った土に水をかけた。そこには、墓が作られた。カスター=ペドロの墓だった。
「悪いな、レオン。手伝わせてしまって。」
「いいですよ。ドックの一員として迎えいれてくれるなら、当たり前のことをしたんです。」
「そうだな。レオンがそう言ってくれるなら、俺たちの仲間だ。」
ジリアンは悪びれもなく、レオンが手にしていたバケツを取り上げて、それをレオンに向けてぶちまけた。
「歓迎の儀式だよ。」
「あはは、やってくれたな。」
「仕返しだ!」
レオンがジリアンを追いかけて、じゃれている姿をロブは笑顔で眺めたあと、目線をカスターの墓の横に移した。
「マーサ。あなたの実の息子と仲良く迎え入れてくれ。俺にはこういうことしかできなくて。」
しみじみと話しかけるロブをみて、レインは疑問を口にした。
「コーディはどうするの?」
「セリーヌが引き取って安置すると言っていた。遺言で決まっていたんだ。」
「遺言?」
「ああ。クレアさんと共にするときに、遺言を残していたらしい。」
「そうなんだ。」
ジリアンを捕まえたレオンは振り返って、ロブに言った。
「コーディのお墓のことはセリーヌに聞けばいいんだね。僕、墓参り絶対行くよ。」
「僕も。」
ロブはうなづくと、ジリアンとレオンを手招きした。
「大事な話をお前たちにしておきたいんだ。」
神妙な面持ちで3人は集まり、静かにロブの次の言葉を待った。
「レオンは、俺たちに関係ある人物だと判明した。」
3人の驚きは隠せなかった。3人が顔を見合わせて、どういうことかと想像した。
「まず、ジリアンの素性をレオンに説明しなくてはいけない。」
ロブが話ししたのは、ジリアンの出生のことだった。セシリア・デ・ミストの二番目の子として生まれたのだが、そのセシリアは現皇帝マルティン・デ・ドレイファスの実の妹であることを説明した。そのことでレオンは納得した。
「レオンは、ウィンディ=ゴールデンローブの息子であるが、父親は不明だった。しかし、財団研究所がサンプルを手に入れて、父親が判明したんだ。」
息を飲んだのはレインだけで、想像がついたジリアンとレオンはただ静観していた。
「マルティン・デ・ドレイファス皇帝だということだった。」
「どうして?」
レインの言葉にロブは手で制止した。
「後で説明する。まぁ、続きを聞いてくれ。」
次にロブはレオンから手渡されたコーディの手紙のことを話し始めた。それはクレアからコーディが聞いた話で、クレアの養父であるダンが命を狙われた理由でもあった。
「俺にこの手紙を託されたのは、理由があるんだ。」
話のくだりはセシリアの一番目の子のことから始まった。死んだことになっていたその子は生かされてダンが知り合いに預けることとなった。その知り合いがジョイス=ボイドとわかった。
「ええ!!コリンが!」
レインはジリアンの顔をみた。ジリアンも予想がつかないとばかりに困惑した顔をしていた。
「おそらく、カスターはクレアさんの死に際でコリンのことを聞いたのだろうと思う。そして、コリンのところで現れたのだと思う。」
コーディのことはレオンの話から予測がついていた。レインの友達であるコリンがレオンに似ているというところでセシリアの一番最初の子ではないかと推測が着いていたからだ。
そして、ロブはレオンから手渡された箱のことを話したほうがいいのかどうか悩んだと言い、それは今後、知らないわけにはいかないだろうと決心したと言った。
「あの箱には書類が入っていて、ダン先生が死ぬこととなった原因のひとつでもある。それは俺自身、セシリアの出産を知っていたことと、セシリアの素性を突き止めるために退行催眠を行ったことを知っているからだ。」
真顔で聞き入るジリアンと、何がなんだかわからないと困惑気味のレイン。二人の対照的な様子をレオンは理解できないわけでもないとばかりに見ていた。
「セシリアが黒衣の民族の子を生んだことは、誘拐されたことにつながるわけだ。しかし退行催眠で驚いたことには、誘拐はセシリアが望んでいたことで、つまり、宮殿を出たいという願望があったからなんだ。」
運命の歯車はすでにその前から始まっていたと言ってよかった。黒衣の民族が宮殿を襲う前に、セシリアは宮殿から連れ出される手はずだった。その手引きを間違えて黒衣の民族に連れ去られたのだった。その手引きをしていたのは、グリーンオイル製造会社の社長本人だった。退行催眠で得られた情報とは、セシリアがその社長にそそのかされて窮屈で退屈な宮殿から連れ出してもらえることを望んでいたことを明らかにしたことだった。クレアの養父ダンはそのことを書類に書きとめ、箱に隠して、クレアにもわからないようにしていた。ダンが襲われたのは、社長がセシリアを調べ、ダンにいきさつをしゃべってしまったことを知ったことで、始末することとそのことを証明するものを処分するためだった。
「どうして?と問うまでもないですね。製造会社の社長は財力・権力を手に入れていて、あと手に入らないのは、国民に対する権威ですよね。」
ロブは黙ってうなづいた。セシリアを思うとおりにできなかった次の手は、皇帝を思うがままにあやつることだった。それを影武者をつかって操り人形のようにして、足元を狂わせるために性的暴行をさせることまでしたのだった。レオンのことは現皇帝の不安材料となった。
「皇女殿下を溺愛している以上、レオンのことは不義であり、表ざたにできないことでもあるだろう。」
それまで、黙っていたジリアンは、新たな口火を切った。
「レインと僕が命を狙われていた理由は、黒衣の民族が兄さんたちを恨んでいたからなのですよね。」
「ああ。」
「レオンが命を狙われたいということは?」
「それはないと思っている。ウィンディがレオンに別の名を与えてまでその素性を隠していたのは、製造会社の手の者から隠すためだ。」
「皇帝が命を狙っていたとかはないですか。」
レインはジリアンの言葉でやっと思い出したことがあった。
「ベルボーイが言った言葉。『ジリアンと、君を、殺すように言われてるんだ。』って。」
ロブはしばらく黙っていた。レオンは自分が命を狙われる理由がわかっていたが、実の父親を強請るためのものだと知ってショックを受けていた。
「クレアさんが言っていたんだが。ベルボーイは黒衣の民族の一味がしたことだと。」
「違う!」
ジリアンは真っ赤な顔をして、言い切った。
「あれはイリアの仕業だ。コーディのことだって、そうだ。」
「父さん、僕たちに隠していることがまだあるのでしょう。母さんのことを気にせず、話してよ。」
ロブはため息をついた。顔が青くなっているレオンを横目にして、白い魚の話をどう説明しようかと考えあぐねた。