第三十二章 生命の灯火 4
早朝に小型空挺がスタンドフィールド・ドックに着岸した。降り立ったのは、テオ=アラゴンとロブ、そしてレテシアだった。迎えに出てきたのはディゴだけだった。
「ディゴ、久しぶりだな。元気そうだな。」
「ありきたりな挨拶だな。」
「チビたちは?」
「もうチビじゃないさ。診療所にいてる。」
テオとの挨拶を済ませて、ロブと顔を合わせたディゴは無言でうなづいた。ロブの後ろから、小さくまとまろうとしているレテシアが顔を出した。
「ずいぶんと速い展開になって、驚いているよ。レテシア、久しぶりだな。」
「ひさしぶりね、ディゴ。」
照れくささと嬉しさとでロブの背中にへばりついて動かないレテシアは、ディゴを見上げながら、腕を伸ばし握手を求めた。ディゴは応じた。
「ジゼルが会いたがっている、先に食堂に行って来てくれないかな。じいさまもいてる。」
ロブの顔色を伺うと、無言でうなづかれて、仕方なくロブから離れていった。レテシアの姿が見えなくなってから、ディゴが口を開いた。
「ロブが危惧していたとおり、クレアからカスターはコリンのことを聞いていたらしい。」
「死に際に立ち会ったのはカスターだけだったからな。」
「セリーヌからなにか、聞けたのか。」
「セシリアが危篤だという話だ。ジリアンに話をして連れて来られないかといわれた。」
「コリンを連れ出したのはその理由か。」
「そうみたいだ。ジリアンに何て話をすればいいのか。」
考え深げな顔をふたりでつき合わしているのをテオはみていて、二人の肩を抱き寄せた。
「レオン=ゴールデンローブがいてるんだろう。結果を話ししてもいいんじゃないか。」
内容を知らないディゴは不思議な顔をして、ロブの顔をみた。
「話は割りと複雑というか、絡みあっている。クレアさんが気にしていたことの一端が繋がったんだ。」
「なにが?」
「レオンが現皇帝の子供だということだ。」
目が飛び出しそうなくらい驚いてみせたディゴは、ロブの顔を指差した。
「それって、ジリアンとレオンが従兄弟同士だということか。」
「クレアさんが手に入れた遺伝子サンプルはセシリアのものでそれをレオンとウィンディとで検査したらしい。最近になって、セリーヌが手配して皇帝自身のサンプルを使って検査したんだ。」
「おいおい。」
ディゴは呆れてものが言えなかった。テオはしたり顔で言った。
「そこまでして、グリーンオイル財団が知る必要性というのに、興味が湧かないか。」
ロブは深くうなづいたが、ディゴは納得していなかった。
「グリーンオイル製造会社が影武者をつかって皇帝を操っている話はレテシアから聞いた。」
「黒幕って、製造会社の社長っていうのか。」
「財団は製造会社とは決別しているが、理事長はセシリアのこともあるから、黙認できないのだろう。」
「セシリアの危篤って?」
「社長の手管で薬漬けになっていたんだ。ようやく連れ戻したときにはすでに遅かったとのことだ。」
ロブやディゴは社長の手管というのに思い出したことがあった。レインが劇場でセシリアに会ったときであった学園の理事長のことだった。不安顔のディゴにロブは言った。
「セシリアはようやく正気を取り戻したらしく、亡くなったと思っている最初の子とジリアンに謝りつづけているらしい。」
テオは腕組みをして、話を締めくくった。
「理事長は聞くに見るに耐えないので、コリンを連れ出し、ジリアンを呼び寄せているのだ。」
食堂に入ると、突然ジゼルが飛びついて抱きしめてきた。
「おかえり、レテシア。」
目には涙をためていて、声が震えていた。
「ごめんなさい、ジゼル。心配かけてしまったみたいで。」
「いいのよ。あなたが元気だっていうことは、いろんな方面から聞いていたんですもの。」
テーブルにお茶を手にして老人が待っていた。じいさまと呼ばれているラゴネ=コンチネータだった。
「じいさま。ご無沙汰してました。」
「よく、戻ってきた。待っていたよ。」
目じりに皺を寄せて笑顔でラゴネはレテシアを招きよせた。
「ゴメスはおまえのことを気にかけていたんだよ。」
「ええ、ご心配をおかけしたと思います。」
「鬼館長に合わせる顔がないと・・・。」
「いえ、そんなことはありませんわ。」
レテシアはラゴネの手に自分の手を合わせた。
「身重なお前さんに悪いんだが。頼まれてほしい。」
「何をでしょう。わたしでできることであれば。」
「もちろん、できるとも。」
片手で胸を押さえつつ、笑顔を傾けたラゴネは、レテシアにゆっくりと語りかけた。
展望台の通信室にロブとディゴ、テオが入室すると、そこに、ステファノが待っていた。
「ロブ、紹介するよ。俺が拾ってきた奴でステファノというんだ。」
ステファノはロブの顔をまじまじとみたあと、少しお辞儀をしてみせた。
「よろしく、ロブ=スタンドフィールドだ。話はディゴから聞いてる。」
ロブが手を差し出すと、ステファノは手を出して少し握手するとすぐに引っ込めた。
「ステファノ、こちらが元、空軍の少佐だったテオ=アラゴンだ。いまはガラファンドランド・ドック預かりになっている。」
「よろしくな。」
ステファノは少しお辞儀をしてみせた。
「ステファノ、早速で悪いんだが、レイン、ジリアン、レオンを迎えに行ってほしいだ。」
「3人を?」
「ああ。こちらからテレンス先生には連絡しておくから。」
「そうですか。」
ステファノはディゴに目配せをした。
「ロブ。まだ、話をしていなかったんだが。」
「何を?」
「レテシアの前では話しづらかったんだ。カスターとコーディの死体というか遺骨を発見したとレインたちが。」
「何だって?」
「レオンの話によると、コーディが爆撃前に街に行ってしまったのは白髪の少女が現れたからだという話だ。」
ロブは怒りを露にした。
「レテシアには聞かせられない話だな。」
ロブはしばらく沈黙した後、言った。
「おそらく、イリアについては財団がかかわっているだろう。カスターとコーディのことを話せば知らぬ存ぜぬというかもしれないが。」