第五章 セシリア 2
登場人物
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
フレッド=スタンドフィールド(主人公の長兄)
ゴメス=スタンドフィールド(主人公の父)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
ダン=ポーター(前タイディン診療所の医者)
セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。マーサの知人。愛称セシル)
ロブは、撃墜された機体の様子をみていた。
あきらかに、盗んだ機体を黒衣の民族が改造しているのがわかった。
ところどころに、無理やり改造されて、溶接やら塗装やらがまだらになっている。
死んだ男の衣装が上質な布地だとわかり、スイッチを切った際に触れた体の筋肉が引き締まっているのを感じたので、ロブは戦士かと考えていた。
父ゴメスからは、黒衣の民族で戦士に会うと有無を言わさず攻撃されるから、ひとめで判断するように忠告されていた。
それを思い出した途端、ロブは自分の身の危険を感じ、辺りを見回しておおきな岩をみつけ、そこへ身を隠した。
ダンはアレキサンダー号に帰還した後、フレッドにブルーボードでロブを迎えに行かせた。
救出した女性をベッドに寝かせ、気付け薬を嗅がせた。
しばらくすると、女性は意識を取り戻したが、激痛を感じ、叫んだ。
「うあぁぁ。」
眉間にしわを寄せ、痛みをこらえた。
「陣痛が始まっているのだな。」
ディゴが様子を見に来た。
「ポーター先生、無線で女性を救出したと聞きましたが。」
「ああ、臨月の妊婦だ。お前は男だから、部屋のなかにはいるな。悪いが、お湯をわかしてくれ。沸いたら呼んでくれ。」
「お湯をわかすって、何を始めるんですか。」
「出産だよ!」
ディゴは驚き、急いでその場から離れて厨房に向かった。
ブルーボードに乗ったフレッドは谷底に向かって降下していった。
レーダーを見ていると、後方からなにかの機体が向かってくるのが見えた。
それらは、谷間を縫うように飛んでいた。
一方、岩に隠れていたロブは、耳を澄ましていた。
風をきる音と、その奥で何かに接触する音が聞こえた。
(手前は兄さんだな、後方は谷山に不慣れなエアジェットか。)
体がでかく二人分の体重のフレッドがブルーボードにのっていると、機体の先が大きく上下に揺れる。
翼を谷間に吹く風にあてて飛んでいるので、機体の先を上向きにするように操縦しなければならず、風を切る音が上下に振幅していた。
ロブは岩から顔を少しだし、ブルーボードが向かってくるのを確認すると、飛び出した。
フレッドがロブの姿を確認すると、ブルーボードの飛行の位置がロブより上なので、さらに降下した。
降下するのを確認して、ロブは谷底ぎりぎりの崖に足をかけ、飛び出す用意をした。
ブルーボードがロブの真下にきたとき、ロブは飛んで、ブルーボードの翼に着地した。
着地と同時、ブルーボード上に取り付けてあるセーブローブに両手を固定させた。
そして、手で2回ほど機体をたたいてフレッドに合図をした。
フレッドは操縦でブルーボードの機体の先を下に向け、弧を描くように上向きに風を当てると、ロケット噴射をして上空にむかって飛んだ。
ロブはブルーボードから弾き飛ばされないようにしていた。
ブルーボードは雲つきぬけて、アレキサンダー号の姿が見える位置まで上昇していった。
ロブたちがアレキサンダー号に帰還したときには、出産は終わっていた。
救出された女性は、出産で力尽きて、気を失っていた。
ダンは、良い機会だと思い、赤ん坊を毛布にくるんで、帰還したばかりのフレッドに手渡した。
「赤ん坊を抱いていてくれ。お前の体で暖めてやってくれ。俺がいいというまでだ。」
「え、先生。そんな困りますよ。こんな生まれたばかりの赤ん坊。」
フレッドが困っている様子をみて、ロブは笑っていた。
「ロブ、ちょっと来い。」
唐突に言われて、笑顔から真顔になったロブは言った。
「はい、先生、なんでしょうか。」
「まだ、世間知らずなお前には気の毒だが、お前に頼みたいことがある。」
ダンは、ロブをつれて、気を失った女性の部屋に連れて行った。
「お前は理解しているだろう。死んだ男が黒衣の民族だってことを。」
「あ、はい。」
「救出された女性が生んだ赤ん坊は混血の可能性が高い。」
「・・・・。」
「これは、賭けみたいなものだが。赤ん坊は死んだことにする。」
「ええ!」
「女性は出産後すぐに気を失って、生んだ赤ん坊を抱いてはいない。
だから、一時的に赤ん坊を空挺から降ろす。」
「え、どうするんですか。」
「フレッドとテントウムシで近場の教会へ行く。孤児をあずかってくれるめぼしいところがあるから、行って来る。
この話はゴメスにしておくから、お前は、この女性が目覚めたら、悲しい顔をして、赤ん坊は死産だったというんだ。」
「ええ!俺にそんなことを!」
大きな声でロブがいうので、ダンはロブの口を押さえながら、言った。
「だから、世間知らずなお前に気の毒だがと言ったんだ。悪いが頼まれてくれ。」
ダンはロブの口をふさいでいた手をすぐに離し、気を失っている女性の両手をベッドに拘束するため縛った。
「万が一、ほんとうのことがわかってしまって、体を動かしたら、大量に出血するかもしれない。
拘束しておくから、女性が起きてもここから出ないようにちゃんとみていてくれ。いいな、ロブ」
納得できなかったロブだったが、承知せざるを得なくて、うなづいて見せた。
「もし、混血でないとわかったら、女性に赤ん坊をもどしてやるつもりだ。」
そういって、ダンはロブを部屋において、出て行った。
ゴメスはダンの話を聴いて承知した。
混血の子供の可能性が高いことと、混血の子の扱いの悲惨さを知っているからだった。
ダンがフレッドの所へもどると赤ん坊をうけとり、わけを説明し、これからのことを話をして、テントウムシの準備をするように言った。
準備を整えている間、フレッドは不安な考えをダンに話した。
「ロブを迎えに行く途中、後方にエアジェットが飛行しているのがわかったんですが、追撃した奴らが確認しにきたかもしれないですよ。」
「フレッド、それは本当か。」
「ええ。ロケット噴射で抜けてきたので、エンジン音は反響したと思います。」
「見つかっている可能性が高いか。」
そのころ、操縦室では、ディゴがレーダーで周囲を確認していた。
アレキサンダー号は、先ほどの救出の時に停泊気味に飛行していたので、距離は離れていなかったが、ロブたちが戻ってきたのを機に一気にスピードを上げていた。
レーダーにはうっすらと空挺の影が出ていたものの、すぐに消えた。
しばらくすると、アレキサンダー号は谷山を抜けた。
ロブは浮かない顔で女性をみていて、立ち尽くしていた。
寝息が聞こえてきそうなぐらい穏やかに眠る女性。
しばらくすると、目を瞑ったまま女性は大きな声を出して叫んだ。
「わたしは皇女なのよ!汚らわしい手で触らないで!」
その声の大きさと、ベッドが浮きそうなぐらい力強く起き上がろうとする勢いに、驚いてロブはのけぞりひっくりかえり、しりもちをついてしまった。
そして、また、女性は大きな声で叫んだ。
「わたしは皇帝マルティンの妹、セシリア・デ・ドレイファス!汚らわしい民族の手に落ちる身ではないわ!」
女性が発した言葉の意味をロブは理解できずにいた。
女性の目は閉じているのだが、ロブには白目をむいているように見えて、恐怖を覚えた。
BGM:「光」MONDO GROSSO feat.UA
注記:テントウムシとは、エアバイクのデカイ機体という感じで、半円形上の姿形で空を飛ぶ様子から、「テントウムシ」と呼ばれていた。