第三十二章 生命の灯火 2
レインとジリアンは、両手にゆがんだバケツをかかえて、泣きながら、道を歩いていた。行き先はタンディン診療所。悲惨な状況の街からやっと出てきたのだが、バケツのなかにはそれぞれにカスターとコーディのお骨を入れていた。泣くのをやめたいのに悔しくてなかなかできなかった。二人の遺骨を見つけたとき、悲しさとともに喜びも混じっていた。遺骨さえ見つけることができなかったクレアのことを思えば、断然、死の意味をもつと思えたからだ。ゆがんでいたけどバケツをみつけていて、お骨を拾い上げると爆撃を受けた街の探索していた軍人に咎められた。泣いて頼んでも許してもらえず、途方にくれていると、ひとりの軍人が突然レインの顔をみて、レテシアのことを口にした。レテシアの息子だということを明かすと、許してもらえた。カスターの焼死体は上半身が骨までやけたが、下半身がやけてなかった。ズボンのポケットからジェラルミンケースの名刺入れからIDカードと黒髪が数本でてきた。IDカードでカスター=ペドロと判明したので、遺骨を引き取る許可が下りた。コーディにいたっては、その場で検体保存の分骨というかたちで一部を残して、引き取ることができた。 ふたりにとって、確実に身近な人物が突然亡くなったことの真実だった。どんなに辛くても受け入れなくてはいけなかったものだったが、泣かずにはいられなかった。
二人が診療所まであと少しというところで、一人の女性が道端で呆然と立ち尽くす姿をみた。そして声をかけた。
「あの、どうかされたのですか。」
振り返ったその女性は、レインの友達コリン=ボイドの母親だった。
「コリンの、おばさん。」
「ああ、レイン。レインなの?」
「ええ。ご無事だったのですね。コリンは?」
「コリンは・・・。」
突然涙があふれ出し、手で口を押さえると嗚咽して泣き崩れた。
「どうしたのですか。」
レインはバケツを道端において、駆け寄った。
「コリンがどうかしたのですか。」
恐る恐る言葉にしていたが、覚悟をしたよさそうだと頭によぎらせた。
「コリンは、見知らぬ少女に連れ去られてしまったの。どうしたらいいのかわからなくなってしまって。」
「少女?」
「ええ、白い髪の少女。」
その言葉に、レインもジリアンも驚愕した。白髪の少女といえば、知らないわけじゃない。レテシアの相棒イリアを思い浮かべた。レインの驚きの表情をみて、コリンの母親は真顔で言った。
「知っているの?あなたはなにか知っているの?」
「いや、そのぉ。」
「コリンは、カスター=ペドロさんの名を口にしていたわ。」
「カスターの?」
驚きは隠せなかった。コリンとどういう関わりがあって、名前がでてきたのか困惑していた。
「おばさん、落ち着いて詳細を聞かせてください。カスターは僕たちスタンドフィールド・ドックのクルーです。」
ジリアンは落ち着いた表情で諭すように話しかけた。そして、コリンの母親は詳細を話し始めた。
コリンと母親は地下空洞をつかって、爆撃を逃れ、街はずれの出口にたどり着いた。混乱する人々のなかで火柱をたてる街を呆然と眺めていた。ふたりは父親のジョイスの安否を願ってやまなかった。救済に軍の空挺が降り立つと逃れた人々を安全なところへ移動させようとした。移動するための空挺に乗り込む準備と順番を待つなか、コリンは爆撃が起きるまえにあった出来事を母親に語った。空挺に乗り込む直前に白髪の少女が現れ、コリンを連れ出そうとした。コリンの母親が止めようとしたのが、止められなかった。理由は実の母親が危篤状態だと知り、、連れて行くということだったからだ。とりあえずエアジェットしか用意できず、コリンしか乗せられない。コリンの母親はあとで代わりの者が連れに来るという話しだった。しかし、一夜明けても、その様子はなく、軍に移動するよう促されたが迎えが来るの待つと決めて動かなかった。2日過ぎてようやく、虚偽であると思い始めて、どうしていいかわからず、診療所をめざしていたという状態だった。
話を聞いたレインに向かってコリンの母親は懇願するように話す。
「レイン、あなたは知っているでしょう。あの子が私たちの実の子じゃないことを。ほかの誰かに話をしたのかしら。」
「あの。おじさんに言われて、クレアさんに。」
「あの人が、クレアさんにって?」
「ほかには誰にも。」
ジリアン自身聞いたことも無い話だったので、目を丸くして二人の様子をみていた。その様子をレインは当然だというふうに認識していた。
「どうして、あの子のことを、母親が知ったというのかしら。どうして・・・。だって、あの子は黒衣の民族の子ですもの。」
「ええ!」
ジリアンは驚きのあまり、声を上げた。
「黙っててほしいって言われた。話したのは友達だから、知っててほしいっていわれた。」
レインはただただ、イリアのことが気になって仕方なかった。驚いていたジリアンは真剣な面持ちで沈黙していた。
「カスターは何か知っていたのかな。クレアさんからなにか聞いてたのかな。」
「そういえば、コリンはカスターさんがクレアさんを殺したんだと、コーディさんが言ってたと。」
「それは絶対ないです。嘘です。コーディがそんなこと言うはずないですし。」
二人は、全力で否定した。コリンの母親の話で腑に落ちないことがいくつかあった。レインが真剣な顔で考え込んでいる様子をジリアンはみて、肘でついた。
「考えなくていいよ。」
レインが睨み返すと、気にせず、ジリアンは言った。
「おばさん、ロブ兄さんに聞けば何かわかるかもしれません。」
「ほんと?」
「僕たちはまだまだ子供で知らないことばかりです。でも、クレアさんがいろいろ考えて行動していたことぐらいはわかっています。ロブ兄さんなら、なにか知っているかもしれない。カスターがなぜそんなことをしたのかぐらいはわかると思うのです。」
安堵の顔をみせてコリンの母親は手を合わせた。
「コリンがほんとうに実の母親に会いにいったのなら、それでいいのです。でも、それが嘘でなにか悪い人に利用されるようなことがあったら、主人に申し訳なくて。」
レインやジリアンは、コリンの母親が口にしたことを知らないわけじゃなかった。それは黒衣の民族とのハーフであるアルバートの過去を知っていたからだった。