第三十一章 月夜の後悔 8
赤い閃光が放たれて、周囲が赤く染まった。街の人々の阿鼻叫喚が響き、火の海が広がり、火柱が赤く立ち上った。地下道では灯りがともり、我先にと逃げ惑う子供や年寄りが行き交う。穴から入り込む煙や熱気が地下道に流れ込む。出口を目指して、必死になっていた。
カスターは背中にレッドオイルの液体を浴びて、体が焼けていくのを感じていた。コーディを必死と抱きしめて痛みに絶えていた。
「発射されるのは夜中だと聞いたのに。」
「カスターさん、大丈夫ですか。夜中って何の話ですか。」
「いや、なんでもない。」
カスターはコーディを腕から放し、倒れこんだ。
「カスターさん!」
「逃げ延びることができたなら、僕がここまでたどり着いたことをロブたちに伝えて欲しい。」
そういうと、カスターはそのまま、息を引取った。コーディが抱き起こすと、カスターの背中の皮膚がめくれ上がり、コーディの手にレッドオイルが付着して、火傷を負った。痛みに耐えたものの、周囲を見回すと、火の海で炎がコーディを飲み込もうとしていた。
「逃げ延びることはできないかもしれないですね。」
コーディは膝の上にカスターを乗せて、抱きかかえるように伏せた。近くにあった車が炎上し、コーディを炎で包み込んでしまった。
スタンドフィールドドックでは、地響きがしたので周囲を警戒していると、オホス川周辺の街全体が赤く火柱が立っているのを確認した。軍からの通信をキャッチしたステファノは驚愕して、ディゴを呼び出した。
「新型レッドオイルの誤射との通信があった。爆撃される前に避難勧告の放送があったらしい。」
「地響きにあの燃え方だ、恐ろしいことになっているとは思う。シヴェジリアンドの地と比べようもないな。」
「ああ。あの時は軍の爆撃だったが、今回はグリーンオイル製造会社の誤射だ。何か企んでのことだろうが、検討もつかない。」
「それよりも、人命救助だな。避難勧告があったのなら、ある程度非難している可能性があるだろう。爆撃範囲は把握できるか。タンディン診療所は無事か。」
「遠赤範囲を確認したら、診療所は無事だ。」
「では、まず、診療所に行って、テレンス先生の指示を仰ごう。」
「了解。」
ステファノはすぐに準備を開始したが、すぐに飛行できるのは、量産型パジェロブルーとテントウムシ(小型空挺)だけだった。レインやジリアンが駆けつけてことの次第を確認すると、自分たちも救助に向かうと言い出した。パジェロブルーにジリアンと塗装工のが乗り、テントウムシにはディゴとステファノが乗って発進し、レインはエアバイクで向かうこととなった。
一方、タンディン診療所ではマーク=テレンスがグリーオイル財団の第六秘書セリーヌ=マルキナの連絡を受けて、電話をかけまくっていた。
「だめだ、どこもつながらない。」
「スタンドフィールドもつながらないの?」
「ああ。ここから見ていると岩山は無事だから、ドックの連中は大丈夫だろう。通じないのは連中が動いている可能性がある。」
「かなり酷い地響きがしましたね。火柱が凄くたっているし。」
「想像もつかないくらいの惨劇なっているだろう。軍がこんなことまでするとは思えない。」
マークがセリーヌから聞いた情報によると行方不明のカスター=ペドロが街にいて避難勧告の放送をながしたということだった。マークからはコーディが街に向かっていることを告げた。そして、いつ、けが人や重病人が運びこまれてもいいようにと、ミランダやレオンに指示をして、準備を始めた。準備をしていたレオンはふと、窓から外がみえて、白髪の少女が立っているように見えた。確認しようかと思ったが、準備のほうが優先だと見てみぬふりをした。
白髪の少女イリアはコーディの体から離れ意識を自分の体に戻した後、嗚咽し、ゆっくりと立ち上がっていた。両腕で自分の体を強く抱きしめると、目からとめどなく涙が溢れた。
「こころが痛い。」
亡き母から言われた言葉を思い出していた。
「こころが痛くなったら、泣けばいい。涙が痛みを洗い流してくれる。」
無意識で涙が溢れ、こぼれた涙を拭った。
「この涙で汚れた私の体も洗い流してくれればいいのに。」
顔を上げて、月を仰いだ。満月だから、いつもより大きくまるく周囲を明るく照らす。その月明かりをあびて、イリアは息を吹き返すように体をこわばらせた。そして、診療所のほうへ向くと、背をかがめて、様子を伺いながら前に進んだ。
「傷めたこころは元にもどせない。それでも、満たすことができたのなら。」
満月を恨めしく思いながら走り去った。