第三十一章 月夜の後悔 6
伸びた長髪、無精ひげ、汚れた服装、立っているだけで体力を消耗していて考えることすらできない状態、カスター=ペドロがようやく目的の場所にたどりついたときのことだった。コリンがいるパン屋を100M先に見据え、行こうか行くまいかと決めかねていた。カスターの前を通る街の人の目線にようやく気がついて、身なりをなんとかしないといけないと思った。
グリーンエメラルダ号の爆破から逃れ、軍にいたときの知り合い、学校で知り合った人、いろんな人を頼ってここまでたどり着いた。不憫に思った友人がくれたお金ではさみとかみそりを買った。小銭を握り締めて、レインたちが通っていた学校横の公衆電話にたどり着いた。かけたのは、グリーンオイル財団の第六秘書セリーヌ=マルキナのところだった。
「カスターさんですか。ご無事なのですね。良かったです。」
「電話をかけたのはほかでもない、レインたちがどうしているか知りたい。」
覇気の無い澱んだ声で話をするカスターの胸のうちを理解しようとセリーヌは応えた。電話機にもたれてうなだれてしまったのは、気力が抜けたから。聞いた話はロブとレテシアが寄りを戻したことだった。それはクレアの願いでもあったわけだから、喜ばしいはずなのに、カスターは気が抜けていく思いがした。
「どうかされましたか、カスターさん。」
「いや、大丈夫。」
「いま、どちらにいるのですか。」
「オホス川周辺の街だよ。」
「本当ですか。」
「スタンドフィールドにもどるかどうか、迷ってて・・・。」
「大変なのです。」
「なにが?!」
セリーヌが息せき切って、話をするので、カスターは耳を疑った。内容はオホス川周辺の街を開発中のレッドオイルで攻撃するという話だった。耳を疑った理由は、シヴェジリアンドの地と違って、ここは国民が普通に暮らしている場所だというのに、攻撃することだった。理由を問いただすと、セリーヌは言った。
「イリアがそこに向かっているからです。この情報は秘密裏に手に入れたもので、攻撃するのはグリーンオイル製造会社で誤射攻撃前提です。イリアは製造会社の社長の怒りを買ってます。報復の意味もあります。」
「イリアがこちらに向かっている情報が漏れたんじゃないのか。」
「そうともいえます。ただし、イリア自身は皇帝ともつながっているので、何ともいえません。」
カスターはどうしたらいいのかと考えた。陽はまだ落ちていない。
「いつになるかわかるのか。」
「おそらくは夜中に。」
「時間はまだありそうだな。」
「こちらとしては、理由無く街全体に避難勧告を出すことはできません。事が起きれば、後々こちらに責任を問われます。」
「わかってるよ、そんなことは。イリアと連絡は取れないのか。」
「取れません。」
「ちっ。」
シヴェジリアンドの地のことを思い起こし、アレックスの時代にこの街に作った地下道の話を思い出した。
「セリーヌ、できる限りのことはやってみるよ。スタンドフィールドは大丈夫なのだろうな。」
「距離的に無理だと思われます。発射する機体を移動させている状態ですが、時間的にスタンドフィールドを攻撃するところまでは行けないとの試算が出ています。」
カスターはセリーヌとの電話をいったん切った。学校の校舎を眺めて、思いつくことを片っ端からやってようと腹をくくった。
陽が暮れるまえに、レオンはタンディン診療所にもどった。老婆たちが診療所を出て、バスに乗り込むところだった。
「おや、ジリアンじゃないか。大きくなったね。」
一人の老婆の言葉に別の老婆が背中を肘でついていた。
「違うじゃないか。よく見なさいな。ジリアンじゃないよ。」
金髪というだけで、レオンはジリアンと間違われたことに苦笑いするしかなく、軽くお辞儀をして、診療所の中に入っていった。
「あら、お帰りなさい。」
「遅くなってごめんなさい。」
「いいのよ。いま、診療がおわったところなの。」
ミランダは忙しく動き回っていた。居住スペースへ向かおうとすると、煮物のにおいがした。匂いをかいでいると、ミランダが言った。
「コーディがご馳走してくれるっていうものだから、お任せしちゃっているの。コーディの料理は食べたことがあるの?」
「いえ。」
レオンはコーディの料理に対して創造も着かなかった。匂いからして、悪いものでもなさそうな感じはした。台所にいって、声をかけた。
「コーディ、今帰ったんだ。料理つくってるって、何か手伝えることがあったら、手伝うけど。」
「お帰りなさい、レオンさん。大丈夫ですよ。疲れているでしょう、座って待っててください。」
レオンは言われたとおりにダイニングルームで待った。程なく、マークがやってきた。
「いつ戻ったんだい。」
「さっきです。遅くなってすみません。」
「いや、気にするなよ。久しぶりに会って楽しかったか。」
「ええ。にぎやかな感じが落ち着くっていうか・・・。」
マークの目が鋭くなっていることに気がついて、あわてて口をふさごうとした。
「ここは静か過ぎて落ち着かないか。」
「いえ、昼は診療でにぎやかそうですよね。はは。」
取り繕うとしているそばで、コーディがなべを持ってあらわれ、食事の用意がされていった。ミランダが仕事を追えて、部屋に入ってきて、夕食が始まった。コーディの料理は野菜中心のものでテレンス夫妻にとっては食べやすいものだったが、レオンにはすこし物足りない感じだった。
「レオンさんは育ち盛りでしたね。肉類があまりなくてごめんなさい。」
「いや、いいよ。たまにはね。」
「ドックじゃ、ジゼルの勢力つく料理がでたのだろう。」
「ええ、みなさん力仕事がメインですから。食べる量もすごいですよね。」
レオンは話すねたが思いつかずに、ナイフとフォークをテーブルに置いて、食事を終わらせた。
「もう、おわりかい。」
「ええ、結構お腹がいっぱいになりますよ。」
席を立って、食器を片付け、台所に向かうと、台所の窓からまぶしいくらいの月明かりが差し込んできているのに気がついた。窓の外を覗き込むと、月明かりの下、野原に人が立っているのが見えた。髪の毛が白いので、老婆がひとり迷っているのかとレオンは思った。
「テレンス先生、誰かおばあさんが外に立っているのですが。」
「おばあさんが?」
ダイニングからみえる窓を覗き込もうとすると、たしかにひとり立っていったが、マークには老婆ではないことがわかった。
「おばあさんじゃないな。若い女性だ。」
その言葉に、コーディは驚いた。そしてつかさず、言った。
「わたしの知り合いかもしれません。みなさん、家にいててください。」
そういって、席を立ち、勝手口から外に出ようとすると、レオンが追いかけてきた。
「ひとりで大丈夫なの?僕も行こうか。」
「いいえ、大丈夫ですよ。家にいててください。すぐにもどってきますから。」
そう言って、コーディは出て行った。レオンにはすぐに戻ってくる言葉が信じられなかった。コーディがいつになく強張った顔をしていたからだった。