第三十一章 月夜の後悔 5
レオンが食堂に入ると、隣の部屋にトレーニングジムがあるのに気がついた。
「なんか、本格的にトレーニングとかするわけ?」
「うん、まぁ、体鍛えないとね。」
「へぇ、ジルはどうなの?」
「操縦するためには体力ないとだめだから、それなりに鍛えたけど。レイニーほどじゃない。」
レオンはにやりと笑った。
「これから、どう?」
「え?レオンと?」
「うん。」
「まぁ、いいけど。」
シヴェジリアンドの地でのジョイスと呼ばれていたレオンと取っ組み合いをしたことを思い出していた。
「肥溜め。」
そう言って、レオンはニヤついていた。
「ああ、思い出したくないね。」
ジリアンは、レオンに背中を向けていたが、振り返ると同時にこぶしをみぞおちに打ち付けた。
「うぅ。」
声を上げたものの、ダメージを受けた様子は無い。ジリアンは手加減したつもりはなかったが、腹筋が硬くなっていることに気がついた。
「うわ、ずいぶんと鍛えているじゃないか。」
「ああ、落ち着きの無い僕を先導師が体力使って発散するように言ってくれて、いつの間にか鍛えられたよ。」
二人はそのまま、取っ組み合いを始めた。
シャワーを浴びて着替えてきたレインは二人の様子をみて、喧嘩しているものと勘違いして止めにはいろとしたが、背後に立ったステファノがレインを止めた。
「面白そうなことしているじゃないか。」
振り返ってレインがステファノをまじまじとみていた。
「そういえば、ステファノは護衛やってたんだよね。腕には自信があるんでしょ。」
「まぁね。」
「じゃ、僕と取っ組み合いをしないか。」
口元をゆがめて笑うとステファノは上半身の服を脱ぎ、かかってこいといわんばかりにレインを挑発した。そこまでしなくてもいいのにという思いをしながら、レインも服を脱いだ。
4人は軽く汗を流し、タオルを手にした。
「ステファノって、足技が得意なの?」
「まぁね。」
「クレアさんも足技メインだったんだけど、北の民族はみんなそうなのかな。」
「クレアさんって、亡くなった女医さんのこと?」
「うん、そう。」
「得意技ひとそれぞれ。俺みたいに細身のやつは、力技よりスナップ効かせて攻撃するほうが体力をつかわなくて済むからね。」
「ああ、そうか。」
「間の取り方とかレインは無駄な動きがあるな。ジリアンが至近距離で攻撃するのは無駄な動きを省くためだ。次の攻撃を予測して防御し、背中を見せても攻撃するところは後ろに目がついているかのような動きをする。」
嫌な顔をするレインに対して、苦笑するレオンはステファノに向かって、自分のほうを指差した。
「レオンは、相手の反応をうかがって攻撃する作戦をきちんとたてていく。攻撃と防御をしながら分析をして判断する。動きだけでなくて頭の回転も速そうだな。」
「速そう、じゃなくて、速いでしょ。」
「さぁ、それは俺と戦ってみてからの判断だよ。」
「遠慮しておくよ。」
ジリアンは釈然としなかった。ステファノに対して、まだ心を許せないでいるかのようだった。レインはその様子をみて、すこし気がかりに思った。
丸い月が少し欠けた状態でも、月明かりは明るかった。夕食後、展望台からジリアンとレオンが岩山の天辺に上った。
「レインを仲間はずれにしてしまって、大丈夫かな。」
「仕方ないもの。この場所はもう二人で上ることできないんだからだ。」
「なんか、僕たちに遠慮しているみたいなんだけど。」
「かもしれないね。ロブ兄さんやステファノのこと気にしているのかもね。」
レオンは岩山の天辺で寝そべり、ジリアンははしごにもたれたかかった。
「高所恐怖症なんて、もう大丈夫なんだろう。」
「うん、まぁね。こうも、底が暗いと落ちることも創造つかない。」
レオンは大きなため息をついた。
「どうしたの?」
「うん。ミランダさんから、診療所にいていいよって言われたんだ。考えさせてほしいって言ったんだけど。」
「そうなんだ。なんか話が早いね。レオンはこれからどうするのかなって思ってはいたんだ。」
「僕はにぎやかなほうが好きかな。診療所は静か過ぎて落ち着かない。」
「確かに、ドックは人数が多いけど、診療所もにぎやかなところだよ。なにも診療所にずっといなくてもいいんじゃないかな。」
「でも、ドックに来るにはオホス川を渡らなくちゃいけないし。」
「そういえば、このあたりの地域で子供たちはなりたい職業っていうのが明確になってて、進路は早く決めてしまうことがあるね。」
「地域によって考え方も違うんだよね。」
レオンは指を広げて右手を月にかざし、指の間に月をながめた。
「レイニーやジルはここの仕事をするわけ?」
「うん。レイニーはエアジェットに乗っていろんな土地へ行ってみたいと思ってるけど。スカイエンジェルフィッシュ号でいろんなところへ行ったから、僕はもういいかな。」
「ジルって、行動的じゃないんだね。」
「面倒くさがりなんだ。あまり動きたくない。」
「ふふ。おもしろいな。まだ、10代なのにさ。そんな爺さんみたいなこと言うなんて。」
「いいさ、何とでも言ってよ。気にしないから。僕はしたいようにする。ドックにいて生活できればそれでいいよ。」
岩山を強く風が吹いた。二人ははしごの縁を強く握り締めた。
「危ないな。すこしびびったよ。」
「これぐらい大丈夫。転げ落ちたって、下には網が張ってあるし。」
「落ちたことあるの?」
「レイニーとジュニアがね。」
「ジュニアって、ディゴの子だね。」
「レオンは将来どうしたいか決めてないんだね。だったら、決めてないなりにいろいろ考えて過ごせばいいじゃないかな。」
「うん。腰を落ち着けないと決まらないだろうって、トランスバランスの先導師に言われたことがあって・・・。」
「あって、なに?」
「ウィンディが医者であることに対して、尊敬していて憧れているところもあるけど、抵抗しているところもあるんだ。」
「なるほど。レイニーみたいなもんだな。」
「レイニーも?」
「うん、ドックにおいてエアジェットを乗り回したい気持ちがあったけど、ドックを出て自由にしたい気持ちも強かったんだ。」
「そうなんだ。わからなくもないけど。なんか違う。」
「違う?」
「ああ、僕に人の命を救うことができるのかなって。」
「うん、大変なことだよね。時間かけて考えてもいいんじゃない。」
「そだね。じっくり考えることにするよ。ありがと。ジル。」
「いやいや、こうやって、同じ年頃の子と話をする機会ってなかなか無いから。嬉しいよ。」
「レイニーがいるじゃないか。」
ジリアンは苦笑いをしてみせた。
食事を終えて、レインはディゴに話がしたいと言った。
「なにか、心配事か。」
「うん、父さんが帰ってきたら、ステファノって大丈夫かな。」
「なに、心配いらないさ。カスターがもどってきても、あいつのことだから何でもこなせるって。」
「うん、そうだけど。ジリアンがこころよく思っていないからさ。父さんとも、うまくいけるのかなぁって。」
「まぁ、確かに、ステファノは人見知りをするところはあって、なかなか、打ち解けないこともあるだろうけど。ジルはああ見えて、結構人に合わせるタイプの人間だ。状況に合わせて受け入れできると思うんだ。」
「そうかな。」
「俺としたら、人当たりの良いレインとステファノがうまくやっていけないなんてのは考えものだと思っていたからな。」
ディゴはウィンクをして、レインの方をポンとたたいた。
「心配いらないさ。レテシアともどってくるんだ。うまくやっていけるさ。」
「ディゴがそう言ってくれるなら。」
レオンがためいきをついて、自分に言い聞かせようとしたとき、ディゴがつぶやいた。
「カスターがちゃんと戻ってくれるいいんだが。」
レインは「ああ。」とつぶやき、心配事は尽きないなと思った。