第三十一章 月夜の後悔 3
「レオン=ゴールデンローブと言います。よろしくお願いします。」
展望台でステファノに自己紹介をした。ステファノは不適な笑みを浮かべた。
「ウィンディ=ゴールデンローブなら、名前だけは聞いたことがある。」
驚いたのはレオンだけでなく、その場にいたジリアンもだ。ステファノの素性をほとんど知らないからだった。
「そ、そんな有名人だったかな。僕の母です。」
意外だというような表情をしてステファノは自己紹介をした。
「ウィンディ=ゴールデンローブ。シヴェジリアンドの地で、その名を知らない者はいないんだろう。」
「そうですね。なぜ知っているのですか。」
「あの地に行ったことがあるけど、ウィンディが着任する前の話。あの土地から出た者から聞いたんだ。」
「あの地を知っているのですか。」
「ああ、レッドオイル攻撃にあった後の話も知っているよ。君は逃げ延びた子供たちの一人だな。」
「ええ、そうです。トランスパランスに保護してもらいました。」
「あの学者が計画していたんだろう。」
「そこまでご存知なんですね。」
「ジャーナリストの護衛をしていた時期があったからね。」
ステファノはしみじみとそのジャーナリストの話をした。
まだ、10代だったステファノの武術を身に着けた防御力を見込んで、そのジャーナリストは護衛として雇った。世間知らずなところがあったステファノは雇われたといえども食事と寝床を提供してもらうだけとしていた。社会に順応していくために、ジャーナリストに教示してもらわないと生きていけないと自覚していた。取材していく土地を転々と変え、いろんなことを学んだ。
「今は一人ですよね。そのジャーナリストとは?」
「亡くなったんだ。パラディーゾデラモンテグナ都市を取材中に地すべりが起きて、巻き込まれたんだ。」
「あの都市にいたの?」
「ああ。」
つかさず、ジリアンが問いかけたが、ステファノの反応はあまりに薄かった。
「僕たちもいたんだよ。スカイエンジェルフィッシュ号が。」
「知っている。」
ジリアンはステファノの受け応えに不満を持ち始めた。
(知っているって、ステファノって僕たち、知らないことだらけなんだけど。)
「レインは遅いね。」
「じいさまが最近調子悪いから手間取っているのかもしれない。」
話をそらされてしまったステファノは、レオンの顔をニヤニヤしながら見ていた。気になったレオンは問いかけた。
「僕になにか・・・。」
「シヴェジリアンドの地がその後どうなったか知っているか。」
「焼け野原になったのでしょう。」
「爆撃後はね。いまやあそこは、人体実験場になっているんだ。」
「ええ!?」
ジリアンとレオンは声を上げて驚いた。その後のことはあまり聞かされていなかった。逃げ延びたのは子供たちばかりで大人はいなかった。大人が犠牲になってもおかしくなかったがその事実は表に出てこなかった。
「それじゃ、犠牲になった大人たちが実験台になっているということですか。」
「おそらくはね。逃げ損ねた子供もいただろうし。」
レオンはステファノがニヤついていた理由を探ろうと、彼をにらんで言った。
「母がその実験にかかわっていると言いたいのですか。」
「まさか。皇帝排除派や擁護派でもない彼女が軍を抜けて、行方知れずになっているというのは少々その方向性で疑うところではあるけどね。」
レオンは歯軋りを立てた。悔しさを押し隠すことができなかったからだった。
「ステファノ、言い方酷いよ。いまさっき会ったばかりじゃないか。」
「ああ、そうだね。ごめんよ。」
ステファノはジリアンたちに背をむけて、展望台から外を眺めた。
「俺は偽善者が嫌いだ。スカイエンジェルフィッシュ号は好きじゃないし、グリーンオイルグループなんか特に嫌いだね。」
「僕たちは、その、スカイエンジェルフィッシュ号はグリーンオイル財団の援助を受けていたけど、偽善者のつもりはない。」
レオンはジリアンをとめて、首を振った。
「ステファノさん、あなたが得ている情報を元に、僕たちを色眼鏡でみないでください。」
レオンはジリアンを引っ張って展望台を出ようとした。
「気分を悪くしてごめんよ。俺には納得ができないことがたくさんあって、割り切って生きていけないんだ。」
ステファノは後ろを振り返ることなく、そう言った。レオンは無言だったが、ジリアンは振り返って言った。
「ステファノ、通信作業を頼むよ。エアジェットをスタンバイしてくるから。」
「了解。」
スタンドフィールド・ドックに量産型のパジェロブルーがグリーンオイル財団から届けられていた。軽量型として塗装はダイヤモンド仕様ではなかった。スカイエンジェルフィッシュ号で操縦していたパジェロブルーに比べて見劣りするものの、ドックで使用する分には申し分がなかった。
「昨日、組み立てて完成したばかりなんだ。レオンって良いタイミングのときに来たね。」
ジリアンはステファノのことを拭うように明るく振舞って、翼をなでて言った。緑色で汚れきった作業を来たレインがやって来た。
「ジョイス!じゃ、なかった。レオンだったっけ?」
悪びれて舌をだしながらレインはレオンに近づいた。
「レオンだよ。レイン、久しぶり。」
二人は握手をして再会を喜び合った。薄汚れたレインの手をみて、レオンは自分の手が汚れていないかみた。
「手は洗ったんだけど、落ちないんだよ。」
「そうなんだ。」
「待たせてごめんね。今日は種がこぼれちゃって、作業着を着替えている時間が無くなったんだ。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「じゃ、僕が操縦するでいいのかな。」
「いいよ。組み立て完成後の試乗はジルにまかせる。」
ジリアンはヘルメットを取り、レオンに手渡した。
「僕がのってもいいの?」
「うん、汚れた作業着で乗るのは気が引ける。」
レインが名残おしそうに翼をなだてているように思えた。
「僕たちが乗っていたあのパジェロブルーではないのが残念なんだ。」