第三十一章 月夜の後悔 2
レオンは食事中にあくびを連発していた。
「レオン、よく眠れなかったの?」
「あ、はい。洗い立ての寝具で寝るのには慣れていたはずなのですが。」
ミランダは理解できないという表情をした。察してコーディが気をきかせた。
「レオンさんは戦場や難民キャンプを転々としていたことがあったのです。」
レオンはコーディの言葉で空気を察した。
「あ、トランスパランスにいてるとき、清潔な寝具で寝るのになかなか慣れなくて苦労しました。」
マークは気のない振りをしながら、食事をつづけて、会話に入ってきた。
「眠れなかったのには、なにか悩みでもあったのかな。昨日はレインに連絡していたね。」
レオンは下を向いた。ミランダはマークを睨んだ。
「悩みというか、これから、どうしようかと考え込んでいて・・・。」
「これからのことを考えて、どうしようと思ったんだい。」
「ガラファンドランド・ドックで過ごして、とても楽しかったのです。できたら、スタンドフィールドドックにいたいって思っていたのですが。」
「思っていて、どうしたんだい。」
「レインの両親がドックに戻ってくるっていうから。そのぉ。僕、あの人たち苦手なのです。」
「正直だな。」
「マーク。そんな言い方しないでちょうだい。」
「レオンさん、どうして、苦手なのです。私はそんなことを思ったことありませんよ。」
レオンはコーディをちらりとみた。
「ものすごく、いらつくんだよ。仲がいいのか悪いのかわからない。べたべたして気持ち悪いと思ったことさえある。おかしいかな。」
マークとミランダは顔を見合わせた。
「俺たちはレテシアを知らないので、何ともいえない。ロブのことは知っていて、正反対な女性だということは聞いたことがある。」
「私たちはついこの前、ジゼルからレインがロブの息子だって聞いて驚いていたところだったのよ。」
「そ、そうなんですか。」
食事を終えて、ミランダは真剣な顔でレオンに向かった。
「レオン、今後行く場所に迷っているのなら、ここにいてもいいのよ。」
「え?」
レオンは驚きを隠せなかった。
「ミランダ、早急すぐないか。」
マークが窘めたが、ミランダはレオンに笑顔を向けて話を続けた。
「私たちには子供がいなくて、医療学園都市にいてた時にはクレアのことを娘のように思って下宿させていたこともあったわ。」
レオンは目を泳がせて、ミランダの目線から逃げた。
「嫌のなら、この話はなかったことに・・・。」
「嫌ということではないのですが。いつも、人がたくさんいているところで過ごして育ったものですから、静か過ぎると落ち着かない感じがして。」
「嫌でなかったら、考えておいて。時間をかけてくれていいの。」
「では、お言葉に甘えて考えさせてください。」
コーディは心持ち、安心した。きっと、クレアがここにレオンをきてテレンス夫妻が預かってくれることを望んでいたのだろうと思った。
外で、エンジン音が聞こえてきた。
「ジルがきたのかしら。」
「タイミングが良いな。」
「支度をしなくちゃ。ご馳走様でした。」
レオンは足早にダイニングルームを出た。
「コーディはどうするんだ。」
「ミランダさんのお手伝いで、街に買い物へ出かけます。」
「今日は診療日だから、街にはいけないし、食料が足りなくなってしまったから。」
「そうか。ご馳走様」
マークはゆっくり立ち上がって、席を立った。
レオンは鞄を背負い、ジリアンから渡されたヘルメットを被るとエアバイクにまたがった。マークが見送りにきていた。
「気をつけてな。帰るときは連絡くれるといい。」
「ええ。でも、今日は泊まりになると思います。」
「話したいこといっぱいあるものね。」
マークはテンションが高めの笑顔のジリアンをみて、少々驚いた。ジリアンがエンジンにスイッチをいれると、マークは後ろに下がった。エアバイクはホバリングをはじめ、砂埃をたて前に進んだ。ジリアンはスピードをあげ、エアバイクは診療所のある丘を降りていった。
ジリアンとレオンが乗ったエアバイクは丘を去って、街中を通り抜けた。ジリアンは交差点で止まると、後ろのレオンにむかって、指をさした。指した方向にパン屋があった。コリンがいてる店だった。店のガラス越しではコリンの姿は見えなかった。ヘルメットを被っている以上、コリンに似た人物がいるとは判断できない。ジリアンは信号が変わったのを確認して、エアバイクを走らせた。
オホス川を渡り切り、岩山のふもとにきて、エアバイクをとめた。レオンはあたりを見渡してから、上をみあげた。樹木が生い茂り崖がある上部を覆い隠していた。
「レオン、着いたんだけど、ここから上に上がらないとだめなんだ。」
「へぇ~。診療所から岩山が見えたけど、ここなんだね。」
「その前に、聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたいこと?」
「うん。ロブ兄さんが心配していたんだけど、レオンはこれからどうするの?」
「これから?」
「居場所。兄さんの話じゃ、ガラファンドランド・ドックでエアジェット乗りになりたいって思っているみたいだと言ってたけど。」
レオンは笑って見せた。
「高所恐怖症を克服したといっても、そこまではないかな。」
ため息をついて、悩んでいることをジリアンに打ち明けた。そして、ミランダから言われたことも話した。
「診療所にね。」
「確かに、僕は医者の息子だし、興味がないわけじゃないけど。」
「じゃ、その話の続きは夜にでもしよう。」
「うん。」
「レインに会う前に聞きたいことがあるんだ。」
「なに?」
「ロブ兄さんとレテシアさんのことなんだけど、レインが気にしていたからさ。」
「ああ、苦手なんだよね。あの二人がいてるのが。」
「ロブ兄さんがいてるだけなら、大丈夫なの?」
「うん、レテシアさんが来るまでは大丈夫だったかな。なんだか、いらいらしちゃうんだよね。」
「それ、よくわかる。僕は身内は身内だけど、一線引いてる感じあるから、距離おけるけど。」
「幸せすぎる二人って感じがするかな。」
レオンの言葉にジリアンは理解できなかった。
「幸せだとイライラしちゃうの?」
「べたべたしてるとイライラしちゃうかな。ジリアンは?」
「空気読めてないところが、レインに通じているんだよ。」
「レテシアさんが?その辺はよくわからない。」
「そうか。ガラファンドランド・ドックにはショックを受けてから行ってるもんね。」
ジリアンが腕組みをして考え込んでいる様子をみて、レオンは不思議に思いはじめた。
「いま、その話をしないとだめなの?」
「うん、レインが気にていたみたいだから。」
「なぜ?」
「ドックに戻ってくる二人の話をしたら、レオンが間を空けたとかって。」
レオンは考え込んで、マークから正直だといわれたことを思い返した。
「思っていることが周囲にわかってしまうみたいだね。僕は両親というのを知らないから、それで嫌なのかもしれない。」
「ふぅーん。」
「テレンス夫妻のことも、きっとそうなんだろうと思う。」
ジリアンはエアバイクを押して、車庫に入れた。
「嫌な話をしていたら、ごめんね。」
「ううん、大丈夫だよ。心配しているんだろ。僕のこともレインのことも。」
「うん。それに・・・。」
「それに?」
「クレアさんがレオンのことを心配してると思ったから。」
レオンは鼻で笑った。そして、何かを言おうとしたが、口をつぐんだ。しばらくを間をおいて、言った。
「ジリアン、人の心配ばかりしないで自分のことを考えるようにしないとだめだよ。」