第三十章 魔のささやき 8
月夜に外出し、白髪の少女イリアは自分の能力を使った。その能力は深い眠りについた人物の意識の中に入り込み自我を破壊寸前までにする。そして、意識を乗っ取り、操り人形のように思い通りに動かす。
ターゲットになった女性をベッドから出て、着替えさせた。
皇帝マルティン・デ・ドレイファスは別荘宮殿の窓から月明かりを浴びて、外を眺めていた。暗闇から明度が近づいてきた。
「陛下、ご気分はいかがですか。」
皇帝は、メイドがそのようなことを聞いてくることはないので、間をおいた。
「気分を害してしまいましたか。」
「用件を先にいいたまえ、イリア。」
メイドは含み笑いをして、明かりの前にたった。白髪の少女イリアではない。
「機嫌をうかがうというのは、なにか悪い報告か。」
不適な笑みをうかべて、マルティン皇帝に近づいた。そして、ささやくように耳元で言った。
「セシリアの最初の子を捕獲する予定です。」
「どちらの側でかな。」
皇帝から距離をとって下がった。
「ふっ。口にするまでもないでしょう。」
「財団で保護されたという話は聞いている。デュークの手に落ちるというのなら、それでもいいだろう。」
「なにかご不満でもおありですか。」
「不満。その子が生を受けたことが不満だ。皇族が黒衣の民族との間に子を設けたということだ。」
そして、メイドは目を閉じ、手を合わせた。
「陛下、お願いがあります。」
「何を願う。」
「私が動けば、あちらの方が邪魔をしてくるでしょう。」
「そうだな。」
「町ごと、レッドオイル爆弾で攻撃してほしいのです。」
「何だと。」
「シヴェジリアンドの地のように。」
皇帝は眉をひそめた。シヴェジリアンドの地では黒衣の民族が潜伏しているという大義名分があった。軍に対しては、皇帝に対する反勢力が徒党を組んでいるという触れ込みになっていた。
「犠牲者は出したくない。理由を述べよ。」
「セシリアの子を死んだことにするためです。」
「場所は?」
「オホス川周辺の町です。スタンドフィールド・ドックが近隣のです。」
「容認できないな。」
「どうしてですか。陛下なら造作もないことでしょう。」
「無茶なことを言うな。あの町は善良な国民が居住している。どこに爆弾を落とす理由があるのだ。」
「有ります。グリーンエメラルだ号を落とした張本人が潜伏しているという理由でです。」
メイドはニヤリと笑った。
「君の言うことはカスター=ペドロが犯人だということだったな。」
「ええ。あの男から情報を聞き出したのです。クレアから情報を得ていたのです。」
「では、その男もその町に潜伏しているというわけだな。」
「そうです。」
皇帝はしばらく考え込んだあと、立ち上がった。
「承知できない。」
メイドはさらに後ろに下がり、暗がりに立った。
「では、ウィンディの息子レオンを始末するということでどうでしょう。」
「私を愚弄する気か。シヴェジリアンドの地の民は難民で行政が手を焼いていた。しかし、善良な国民を犠牲にするほど、私は愚か者ではない。」
「大変失礼なことを申し上げました。申し訳ございません。」
メイドは深く頭を下げて、あとずさりして、ドアに向かっていた。
ドアを開け、去り際に言った。
「レテシアはロブの子を身ごもったそうですよ。ご報告までに。」
皇帝は地団太を踏んだ。
「くそっ。」
悔やんでも仕方のないことだとわかっていても、悔しがってしまう自分を呪った。そして、乱暴に窓を閉め、頭を窓に打ち付けた。
「手元に置いても、幸せにすることはできなかった。彼女を追い詰めてしまうだけだった。」
目の届くところにおいておきたくて、ホーネットに誘った。
「ロブとレインを危険にさらしたくなければ、情報を得ることだ。君にできることがホーネットにはある。」
誘った言葉を思い返して、我ながら哀れな男だと落胆した。皇帝が抱えたこころの闇を利用しようとする人物がてぐすね引いて待っているとも知らず、こころの闇に背を向け、ベッドの中に入って眠りについた。