第四章 それぞれの受難 6
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信部・愛称キャス)
コリン(レインのクラスメイト)
マーク=テレンス(タイディン診療所の医者)
ミランダ=テレンス(マークの妻。診療所の看護士と医療事務員)
ダン=ポーター(前タイディン診療所の医者)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
コーディ=ヴェッキア(スカイエンジェルフィッシュのクルー。前グリーンオイル財団理事長ダグラス・Jr・デミストの介護士)
デューク=ジュニア=デミスト(現グリーンオイル財団理事長)
ダグラス=Jr=デミスト(前グリーンオイル財団理事長)
セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。前にスタンドフィールド・ドックにいてたマーサの知人。愛称セシル)
ロブはエアバイクにまたがったまま、街角にいた。
目線の先は、パン屋のガラス越しの向こう、家業の手伝いをするコリンの姿だった。
コリンの頬に青痣が出来ているのが見えた。だいたいの想像はつく。
ロブは、エアバイクのエンジンを入れて走り出した。
ロブはバイクを走らせながら、考え込んでいた。
繰り返し響く、クレアに言われたこと。
「ロブ、よく聞きな!お前の心の弱さがあの子達を苦しめているんだ。
あたしがお前の命をつなぎとめたのは、苦しめたまま、自分でけりをつけないで命を落とすことをさせないためだ。
そんなことしたら、お前の魂はちゃんと昇天できなくなる。」
クレアの言いたいことは理解しているロブだが、思うようにいかないことをいつも歯がゆく思っていた。
(だから、クレアさん、俺はあなたと一緒に行動したいって思ってるんだ。)
ロブは自分に言い聞かせるよう、こころにつぶやいた。
診療所の受付の前には、退院の用意をすっかり済ませたレインが首を長くして待っていた。
夕方の診療時間前なので、診療所は閑散として、物音もしない。
微かに聞こえてきたバイクの音に、レインは立ち上がった。
エンジンを切る音がしたと同時にレインは荷物を持って、玄関のドアを開いた。
「遅くなって悪いが、俺はテレンス先生と話があるんだ。それまで待っててくれないか。」
待ち焦がれたお迎えに笑顔だったレインの顔は不機嫌になれず、戸惑った顔をした。
レインをよそに、ロブは、診療所の居住スペースに入っていった。
レインはまた、受付の前に立ち尽くした。
ソファでくつろいでいたマークはロブの姿が目に入った。
「よう、迎えに来たか、ロブ」
「先生、お世話になりありがとうございました。話があるのですが、よろしいですか。」
「なんだ。診察室に行こうか。」
「はい、お願いします。」
二人が診察室に入っていく姿をみたレインは、落胆して、その場に座り込んだ。
「話って、なんだ。」
「クレアさんのことです。」
「ああ、ドックに来てるんだってな。こっちに顔を出してくれるのかな。」
「ええ、明日には伺うと話していましたが。実はまた、俺たち一緒に仕事をすることになるんです。」
「また、危ないことか。」
「ええ、名目は人命救助なのですが、グリーンオイル財団がバックなのです。」
「なんと。クレアを探していた理由は、それか。」
「そうみたいです。先にきた怪しい連中はおそらく、黒衣の民族だと思います。」
「ダンが、なにかやらかしたらしいんだが、詳しくはなにも聞かせてくれなかったからな。」
「何もしゃべらなかったのは、先生を守るためでしょう。ミランダさんもいらっしゃることだし。」
「クレアにはしゃべってたのか。」
「いえ、その様子はありません。だから、危険な道のりを選んでまで、あそこへ。」
「それで、なにかをつかんできたのか。」
「そうみたいです。あえて、グリーンオイル財団がバックの人名救助隊を利用してまで、探ろうという感じです。」
「軍がだまっちゃいないだろう。あそこの物の件なら。」
「ええだから、その救助隊のメンバーにジリアンを入れ込むことになりました。」
「なんだと、チビたちをつれていくのか。」
「あ、はい。」
「ロブ、お前、それを承知したのか。」
「ええ、最初は、冗談じゃないって思ったのですが。
俺のいない間になにかあるより、そばにおいていたほうがいいかと思いなおしました。」
「う~ん。お前も15歳で境界線をアレキサンダー号にのって行き来していたくらいだが。
チビたちをつれていくのとは、また危険の度合いが違うからな。」
「でも、軍自体、手出しはおろか、保護や護衛することくらいの姿勢をもつでしょうから。」
「しかし、俺はクレアのすることに歯止めはかけられないぞ。あいつは自分の命はダンがくれたもので、ダンのためなら惜しくないと言ったくらいだからな。」
「そうですね。先生に止めていただこうとは思っていません。
ただ、かならず、生きて帰ってほしいと言ってほしいのです。」
「お前が守ればいいじゃないか。」
「俺は、クレアさんに命を救われた身ですから。」
「下宿時代に娘のようにかわいがったとはいえ、ダンの養女で遠慮してたところはあったからな。ミランダとは仲良くしてて心配かけたくないという思いはあるみたいだがな。」
「先日、そういう仲じゃないかって、言われましたね。」
「ああ、あれは・・・・。」
「俺にはその気持ちがありました。でも、クレアさんには拒まれました。」
「やっぱりそうか。」
「拒まれたというか、見透かされたというか。俺の弱さをつかみとって、見せ付けてくれた感じです。」
「すまんな、からかって悪かったよ。」
「いえ、そんなつもりでは。ただ、俺と一緒にいて、生き急いでほしくないだけなんです。」
「俺もお前と同じ気持ちだ。クレアにはダンの分まで幸せになってほしい。」
「話はそれだけです。くつろいでいるところ時間をとってしまって、すみません。」
「ああ、いや、いいよ。ロブがクレアとつるんでいてくれてたら、安心だよ。あはは」
「つるむって。ははっは。」
二人は煮え切れない思いを笑ってごまかすことでしか、今は出来なかった。
ロブは立ち上がり、診察室からでた。
そこへ、洗濯物を抱きかかえたミランダがレインと話をしていた。
「ミランダさん、お世話になりありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ、レイニーがいてくれたおかげで、楽しく食事させてもらったわ。」
「兄さん、先生との話は終わったの?」
「ああ。もう、身支度はできているんだな。」
「うん。」
「ロブ。クレアがドックに来てるって確かかしら。」
「ええ、マーク先生にもお話しましたが、明日、伺いに来られると思います。」
「そう、元気にしているのね。」
「心配されないようにって言っても、心配されるのでしょうけど。それには及ばない感じですよ。」
「わたしたちには、子供がいないから、クレアのことを娘のようにおもっているのよ。
お嫁に行かないばかりか、命を危険にさらすような男の人みたいに行動しちゃって。」
「大丈夫ですよ、ミランダさん。クレアさんは強い女性ですから。」
「そうね。弱音をはかない、男性には喧嘩を売っちゃう向こう見ずなひとですものね。ふふ。」
「では、レインをつれて帰ります。ありがとうございました。」
「ええ、お大事にね。」
「ありがとうございました。ミランダさん。では失礼します。」
レインは頭を下げると荷物を抱えて玄関のドアを開いた。
夜、展望台に月明かりが差し込むと、室内に明かりがいらない。
そこに、クレアとコーディ、ロブとカスターがテーブルの椅子に腰掛けて外を眺めていた。
テーブルの上には、お酒が何本か並んで、酒がつがてたコップが4つあった。
「さぁ、今晩は、お互いの腹具合を見せ合いっこしよう。」
「もう酔ってるのですか、クレアさん。」
コーディはお酒に口をつけていなかった。
「コーディ、飲んでないじゃないか。飲みなよ。じい様の手作りの酒は、澱みがなくおいしい。」
コーディは思い切って、コップに注がれた量の半分を一気に口に注ぎ込んだ。
その様子を遠目で眺めていたロブをコーディはじーっと見始めた。
違和感を感じたロブはコーディから目をそらした。
「あたしから、腹のうちを披露しよう。」
「なんでしょうか、クレアさん。どんなお腹ですか。」
「ブオトコはだまってな。」
「はぁ~ん。また、そんな言い方。」
「あたしは、スワン村にたどりついた。ロブとエアジェットで向かったが、失敗に終わったのでね。
荷物もちと登山したら、たどりついた。そこに半年間いたよ。」
「スワン村ってなんですかぁ~、クレアさん」
酔っ払ってきているカスターがクレアに絡むように言った。
「境界線にちかい、山奥の奥。湖のそばに白い建物があって、その様子がスワンの姿に似ているからスワン村と言われている。
その白い建物は、本を保管しているいわば図書館なのだが、みんなそれを本屋といっている。
本は売ってない。本を預かっている建物だ。」
「どんな~、本を預かっているのですか。」
「発禁本だ。」
「え!!」
「はぁ!!」
カスターとコーディが驚いた。
「国で発行してはいけないと禁止されている代物。研究書物やら、さまざまな民族の詳しい資料やら、皇族の暴露本、グリーンオイル財団の裏帳簿とか。」
「裏帳簿って。そんなものは価値が無いでしょう。」
「それがあるんだな。グリーンオイル財団を陥れるための手段としてね。」
「クレアさんは、それを見つけたんですか。」
「いや、残念ながら、それは鍵つきの保管棚にあるから、拝見することはできない。」
「そんなこと、コーディに話していいんですか、クレアさん。」
黙って聞いていたロブは、口を出し始めた。
「コーディは、グリーンオイル財団のお目付け役でしょう。」
それを聞いてコーディはコップに残ったお酒を飲み干して、テーブルにたたきつけた。
バン!
その様子に3人は驚いて、コーディの方をみた。
「ロブさん。あなた、女性を幸せにできないオトコだと思い込んでいるでしょう!」
クレアは、顔を下に向けて、笑いをこらえ始めた。
カスターはコーディの言葉を理解できないでいた。
「突然、なにを言い出すんだ。」
目を丸くして、コーディをみたロブは言った。
「わたしの初恋の人に、目つきが似ています!」
きっぱりと、胸を張って、コーディは言い切った。
「あはははは、コーディ、君はすごい。たしかにそうだ。」
クレアは笑いをこらえきれずに大声で笑い始めた。
「みなさん、聞いてください。わたしがお腹に溜め込んだ話を。」
クレアは笑いを止めた。
「わたしの初恋の人は、グリーンオイル財団理事長ダグラス・Jr・デミスト氏の執事をしていた方でした。
その方は、デミスト氏が亡くなった後、拳銃自殺されました。」
一気に酔いが覚めるように、3人は顔色が変わった。
「旦那様のデミスト氏がなくなられたことも納得していません。誰かに殺されたと思っています。
また、執事をされた初恋の人は、自殺するような方ではありません。」
コーディの目から、涙が零れ落ちると、カスターはあわててポケットからティッシュをさしだした。
「グスッ。旦那様は良いお方でした。殺されたのなら、なぜなのか、理由を知りたいです。
執事をされた初恋の人は気にかけないように言われましたが、その後、拳銃自殺という死に方をされて・・・。うっうっうっ」
カスターはコーディの背中をなでて、椅子に座るように促した。
コーディはテーブルに両手を組んで、それを見つめて話した。
「復習するつもりはありません。なぜ死ななければいけなかったのか、どうしてわたしにはなにも言ってくださらなかったのか、知りたいと思いました。
そんな時、デューク=ジュニア=デミスト氏が声をかけてくださり、人命救助のメンバーにならないかと言われました。
グリーンオイル財団にかかわっていたら、いつか、わたしの知りたいことにたどり着くような気がしたのです。」
神妙な面持ちで4人は顔を見合わせていた。
「わたしはグリーンオイル財団のスパイではありません。デューク・ジュニア・デミスト氏からは何も支持されていません。
そして、あなた方がなにをしようとも、医療行為以外のことで報告することはありません。」
「ありがとう。そう言ってくれたら、命を危険にさらす話し甲斐がある。」
クレアはそういって、立ち上がった。
「その前に、カスターが絡んでいることを話ししておくよ。」
「え、僕が?どうしてなの、ロブ。」
おどろく、たじろぐカスター。
「お前が除隊になったほんとうの理由は、品物がなくなったことだろう。」
「ああ、そうだけど。輸送機で、グリーンオイル研究所から預かった物件で、補給を兼ねて、停泊した境界線近くのドックでいつの間にか品物が1件紛失してて、見張りをしていたはずの隊員が行方不明になっていた。」
「その品物は黒衣の民族が盗んだことになっているが、本当はそうじゃない。」
「そこまで知っているのなら、なにも・・・。」
「その品物を黒衣の民族に渡さないために、先になくしたことにして、あるところへ持ち込んだのさ。」
「あるところとは?」
「スワン村だ。」
クレアは真顔で答えた。
「本屋は発禁本を保管するところ。スワン村事態は禁止されている研究をするいわくつきの研究者たちや科学者が住んでいる村なんだ。」
「そこへ、持ち込んだってことは、軍は・・・・。」
「表向きにできない裏事情で、スワン村に持ち込んだ。研究所だとやばい内容の形跡を残すわけに行かないからな。
それにスワン村は表向きから追放された連中が流れてくる村でもあるんだ。」
「僕は、最初から、軍に利用されて・・・。ロブはいつからそのことを知っていたんだ!」
「まぁ、そんなに怒るなよ。うすうす、そうおもっていただけで、つながっていくとは思わなかったんだよ。」
さっきから、黙り込んでいたコーディが口にした。
「ここに顔をあわせた4人は、軍隊やグリーオイル財団が裏でうごいている状況に何らかの形で巻き込まれているのですね。」
「ああ、そうだよ。コーディ。
今、話を聴いたみたいに、コーディは前理事長や執事の死を、カスターは自分が除隊になったことを。
あたしはあたしの養い親の死を。ロブは・・・・・・・。」
カスターとコーディはクレアを見ていたが、その目線をロブに変えた。
「俺は、セシリア=デミストの話をしないといけない。」
BGM:「リトルダンス」高鈴