第二十九章 青い果実Ⅱ 5
エアバイクで、ぶどう園に到着すると、グリーンオイルの燃費で水蒸気のエネルギーで動くエアカーのお迎えが待っていた。中から使用人らしき女性があらわれた。
「レイン様ですか。」
「ええ。」
「お待ちしておりました。わたくし、コーネリアスお嬢様付きのメイドでマリンと申します。」
「よろしく。マリンさん。」
エアカーに乗るよう促された。
「あの、僕はどこへ連れて行かれるのですか?」
「アンコーナー家の別荘でございます。そんなに遠くございません。」
「はぁ。」
納得が行かない様子だったが、レインはエアカーに乗り込んだ。マリンは助手席にのり、運転手は男性だった。軽く会釈をして、エアカーを発進させた。
どこまでも続くかのようなぶどう畑を飛び越え、山間の中を進むエアカーは森の中にひっそりとたたずむ館の広場にホバリングして、静かに降り立った。
館からは誰も出迎えずに、下ろされたレインはそのままマリンに誘導されて、館に入った。ゲストルームに通されて、マリンがポールにかけている洋服を指して言った。
「正装でお願いします。服はこちらで用意しておりますから、お着替えください。」
面倒なことになっていくのだろうとレインは訝しげに、服に手を掛けた。マリンはその様子を確認するかのように、会釈をすると部屋を出て行った。
レインが着替えを終えて、窓際から外を眺めると、うっすらと霜が降りてきた。
「山間は天候が変わりやすいけど、こうも変わっちゃうのかな。」
館の周りの森さえ見えなくなってしまって、次第に不安になってきた。
「ただの誕生日じゃないか。」
レインはプレゼントととして用意したのは、グリーンオイルで生成した香水だった。ラゴネが教えてくれた粋なものだった。グリーンオイルで生成しハーブの臭い付けをしたものをロブが愛用しているのは知っていた。この時はじめて、ロブの母親が好んで作り身につけていた事を知った。小瓶に入れた翡翠のように輝く香水を手に取り、亡き祖母を思った。
「きっと、喜んでくれるだろう。」
しばらく窓を眺めていたが、館から数人の人々が出て行く姿を見かけた。どういう理由があってそのようなことになったのか、その時には考えようともしなかった。出て行く人々が招待された客ではないことぐらいはわかっていたが、使用人だとしても普段の服装をしていたので深く考えなかった。
ノックする音が聞こえて、レインは部屋から出された。
レインが通されたのは、大広間で長いテーブルがあり、テーブルクロスは二人分しかセッティングされていなかった。コーネリアスはおらず、メイドのマリンがレインの椅子を引いた。
「お嬢様は支度ができ次第、こちらにお見えになります。なにかお飲み物を用意いたしましょうか。」
キョロキョロと当りを見渡していたのを子供っぽく思いやめ、テーブルの上にある水を差して言った。
「いえ、水がありますから、結構です。」
「かしこまりました。」
マリンは会釈をして、後ずさりし、早歩きで部屋を出て行った。落ち着かないレインは大広間の様子を眺めていた。
「他に人はいないみたいなんだな。」
外はうっすらと暗くなり、元より霜が降りているので、外の眺めなどわからなかった。
後方のドアが開く音がしたので、振り返るとドレスアップをしたコーネリアスが入ってきた。
「お待たせしてしまってごめんなさい。」
ワインレッドのベルベット生地を胸元にあつらえ、腕にはシースルーのパームスリー、ウエストは締め上げているので細さを強調し、ベルベット生地にレースを合わせたマーメイドのアンダーで大人っぽく魅せるドレスだった。そして、光り輝くルビーの宝石が胸元を飾っていた。
「あ、お誕生日おめでとう。」
「ありがとう、レイン。来てくださって嬉しいわ。」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう。」
「楽しいひと時を一緒に過ごしてくださいね。」
その言葉にすこし衝撃を感じた。メイドのマリンがいるとはいえ、ほとんど二人っきりだ。そして、厳かでハイソサエティな雰囲気に包まれていて、しり込みしそうな勢いだった。
「いや、なんか、僕みたいなのが、こんなところにいてていいのかなって思ってしまう。」
「まぁ、気後れなんてなさらなくていいのよ。レイン、あなたは立派な紳士だわ。だから、招待したの。」
とても、13歳の少女が言う言葉に思えなかった。レインよりむしろジリアンの方が口が達者な分似合っているのではないかと思うくらいだった。
「マリン、食事の用意を。」
マリンは軽く会釈をすると、部屋を出て行った。レインはしばらく茫然としていたが、思い出したかのように、ポケットから、小瓶を取り出した。
「ごめんね。こんなものしかプレゼント用意できなくて。」
立ち上がって、手を伸ばして、反対側に座ったコーネリアスに小瓶を差し出した。
「まぁ、素敵な液体。何かしら。」
「香水なんだ。僕が作ったんだ。作り方は教えてもらったんだけどね。」
「ほんとうなの?レインったら、とても素敵なことができるのね。嬉しいわ。」
「気に入ってもらえるかどうかわからないけど。」
「食事前で失礼するけど、臭いを嗅いでいいかしら。」
「ああ、もちろん。」
コーネリアスは小瓶のふたをそっとあけて、深呼吸するように目を閉じて臭いを嗅いだ。
「すてき。森の中にいるような感じがするわ。」
「そう。グリーンオイルで生成したから、グリーンノートなんだ。嫌味がない分、華やかさはないけど、リラックスできる臭いだと思うんだ。といっても、教わったばかりのことを口にしているんだけどね。」
照れ笑いしながら、レインは満足そうだった。
「レインが施したものなら、何でも素敵だと思う。すばらしいわ。ありがとう。」
「いえいえ、それほどでも。」
程なくして、料理をのせたワゴンを持ってきてマリンが部屋に入り、料理が皿に盛られて、二人の前に出された。コーネリアスが感謝の言葉を口にして食前の祈りを捧げ、二人は料理を食べ始めた。