第二十九章 青い果実Ⅱ 4
ジリアンがスタンドフィールドドックの岩山のふもとに到着し、エアバイクを格納しようとしたとき、足音が聞こえてきた。コリンがあわてて、バイクから降りたので、誰だかわかった。
「いま、もどってきたんだね。ジル。ふたりはいつの間に仲良くなったんだ。」
コリンはレインを睨んでいた。挨拶もしないばかりか、生気が感じられない。いつものレインだと思えなかったからだ。
「ご挨拶だな、レイン。もどってきたのなら、連絡ぐらいくれてもいいだろう。会いにきたんだよ。」
「あ、そうなんだ。ごめん。」
レインは手に持っている封筒を握り締めていて、それがコリンの目線の先にきたことで、ポケットに隠した。
「なにがあったんだよ。以前のお前じゃないみたいだ。」
レインはため息をついた。あたりを見渡し、ジリアンがどこへいったのかと探した。
「いろいろあったんだよ。うまく話せないんだ。コリン、ほんとごめん。」
コリンは白衣の大きなポケットから、紙袋を取り出し、レインに差し出した。
「これ、俺が焼いたパンなんだ。焼いただけじゃないんだ。小麦粉からちゃんとつくったんだ。明日の朝にでも食べてくれよ。」
受け取って礼を言うと、涙が出そうになった。
「なんか、何を言っていいのかわからないけど、言ってもうまく話できない感じがして・・・。」
「いいよ。もう。話したくなければ、話しなくていい。クレアさんのことはテレンス先生から聞いた。人が亡くなったことは悲しいことだけど、クレアさんの死は多くの人が悲しんでいる。お前だけじゃないよ。」
「わかってるよ。それだけじゃないから。」
「だろうな。でも、あせることないよ。元気になってくれればいい。友達として力になれるなら、してやりたい気持ちはあるから。」
「ほんとありがとう。」
「いいって。店にも顔を出しくれたよ。父さんや母さんがどうているかなって口にしていたからさ。」
「うん。」
コリンは帰ろうとしたが、どうやって帰ろうか考えてから、叫んだ。
「ジリアン!俺を川向こうまで送ってくれ。」
暗闇の奥のほうで、声がした。
「僕が行くの?」
「そうだよ、レインは元気がないから無理だよ。」
「悪い、ジル。送ってあげてくれないかな。」
「わかった。それよりレイニー、僕に用事があったんじゃないの。わざわざここまで来て」
「あとで話すからいいよ。」
コリンもジリアンも、ここで話せない理由があるのだろうと、考えていた。
二人はまたエアバイクにまたがり、レインを背にして、ジリアンはエンジンをかけた。
「またな、レイン。」
「うん。ありがとう、コリン。」
レインが手を振ると、コリンは右手を上げて返事をした。その様子をミラーでみて、ジリアンは安堵した。いつものレインにもどった気がしたからだ。
エアバイクは暗闇の中を突き進んだ。月は雲が隠してしまい、明るさを失っていた。エアバイクのライトが道を照らし、不安な思いに一筋の光を放っているかのようだった。ジリアンはコリンが握り締める力の強さに筋肉の付き方が少し違うと感じた。自分たちも成長していたように、コリンも成長したのだと思った。
ジリアンがコリンを川向こうまで送ってもどり、自分の部屋に来ると、そこにレインが待っていた。
「あ、話があるんだったね。」
「うん、そうなんだけど。別に今、話しなくてもいいかなって思ったんだ。」
含みのある言い方をするんだなって思ったジリアンだが、問いただしたほうがよさそうだと思った。
「話があるなら、今、話しようよ。」
「うん、特に。今度の休みの日にエアバイクに乗っていくんだ。」
「レイン、一人で?」
「うん、そう。」
「何をしに?」
「何をしにって・・・。」
考え込んでレインはうそをついた。
「じい様に言われて、ぶどう園に用事しに行くんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
納得がいかなかったが、わかった振りをした。
「エアバイクを使うんだね。僕なら、外にでるつもりないから大丈夫だよ。」
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
レインは手紙をポケットの上から手で押さえた。ジリアンには黙っておこうと思った。そして、通称じい様のラゴネに口裏を合わせてもらわないとだめだと考えた。
翌朝、ジゼルに頼んでコリンのパンを暖めてもらった。ほのかにハーブの効いた臭いと味がするパンだった。甘いパンじゃないのはコリンらしいなと思った。朝食を終えて、早速ラゴネのところへ向かった。
昨日、仕込んだグリーンオイルはまだ、完成していなかった。薄い緑色の液体から草の臭いがした。波打つ液体から、ほのかにしめっぽい臭いもした。数分、そうやって臭いを嗅いで眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「両親はそうやって、リラックスをこころがけていたよ。」
振り返ると、ラゴネが笑顔で立っていた。
「おはようございます。じいさま。」
「おはようさん。昨日よりは元気そうだな。」
「ええ、いま、すこし元気なりました。お願いがあるのですが。」
「なんだね。」
レインは口裏合わせの話をしだした。困った顔をしたラゴネだが、「承知した。」と答えた。
「おまえさんは、本当にあの二人の息子だな。」
「どうしてですか。」
「ほんとうのことをうまく話すことができないでいた。ほんとうに大切なことをなにかのしがらみで伝えることができないでいたんだよ。」
ぽかーんとするレインの顔を見て、ラゴネは笑いをこらえた。レインはそれから眉をひそめた。
「ジリアンはわかっているだろう。この時期にブドウ畑に行く用事などないことをな。」
「う、そうかな。」
「まぁいい。わからない振りをするのが、あの子の優しさかもしれない。」
そういうと、高笑いをして、ラゴネは自分のいつもの居場所にもどっていった。
そして、困った顔をしたレインは、自分の不甲斐なさを痛感して、こころを痛めていた。
「もう、子供じゃないんだもの。僕も、子供っぽい振る舞いするのはやめなくちゃいけないな。」
そうつぶやいても、結局何も成長していかないかのように感じた。そして、コーネリアスの誕生会でとんでもないことに巻き込まれ自分を取り戻すことになるのだが、そのことを知る由もなく、安易にその日が来るのを待っていた。