第二十九章 青い果実Ⅱ 3
プラーナに会うのは2年ぶりだった。女の子というのは、すぐに大人っぽくなるのだなとジリアンは思っていた。眼鏡をかけていたはずなのに、かけていない。いつもまとめ髪で質素な感じのプラーナがウェーブ髪にリボンを巻いて、華やかにみえた。白い肌にピンク色が指していて、より一層女の子らしさを強調しているように思えた。照れくささから、目をあわすことができずにいた。
「ひさしぶりなので、ジルもどう声をかえたらいいのかわからないね。」
プラーナの父親が声をかけて会話を促したが、ただ、うつむいてうなづくことしかできなかった。それを気遣ってプラーナは学園生活を話し始めた。育った環境の違う女学生が集まっているなか、友達ができたのだと嬉しそうに話をした。勉学に励むことができるのも、ジリアンの支えがあったからこそと口にされて、ジリアンはひたすらに謙遜してみとめようとしなかった。以前のように毒気づくことがでいない。言いたいことも言えず、変わってしまったように思えるプラーナをみて、悲しく感じていた。プラーナと母親が台所へと用事をしに席を立ったときに、プラーナの父親がそっと、声をかけた。
「ずいぶんと垢抜けてしまって驚いたのはわたしも一緒だよ。でも、中身はぜんぜん変わっていないよ。」
「ええ、それはもう、わかっているつもりなのですが。」
プラーナの両親はジリアンのことを家族のようにかわいがってきた。スタンドフィールドドックでの居心地の悪さを感じたときから、開放されるような感覚がここにはあった。プラーナと接していて、子供のままではいられないことがなんとなくわかる気がした。
「ジルもずいぶんとたくましくなってきたじゃないか。目を見張るようだよ。きっと、プラーナも同じことを思っているよ。」
「そうですか。僕はまだ13歳だし、これからもっと鍛えていかないとおもっているのです。」
「スタンドフィールドドックでの作業は大変な重労働だと聞いたことがある。家業というのはいろんな重荷を背負うことになるだろうけど、ジルなら大丈夫だと思うよ。テレンス先生もそう言ってた。レインとジリアンなら、将来が楽しみだとね。」
ただただ、笑顔をかたむけることしかできなかった。将来はたしかにスタンドフィールドドックを担っていく後継者にならなくてはいけないことぐらいはわかる。それが当然だと思っていたからだ。レインが違う考えを持っていたことに驚いたこともあったが、今改めて、他人に言われて、抗う気持ちがでてきた。
「そうですね。僕はスタンドフィールドドックのほかに居場所なんて考えことが無い。プラーナの将来性を考えるとうらやましいです。」
プラーナの父親はこの時まずいことを口にしてしまったと思った。それはプラーナとは生き方が違うことを意味していたからで、ジリアン自身それを理解していた。プラーナとの将来を思い描くことができないでいたからだ。
「ジル、君には君の可能性があると思う。そこにプラーナの将来性が重ならないなんてことはないと思うよ。もっと前向きに考えて生きてほしいな。」
しばらく考え込んで、ジリアンは唇を噛んだ。
「はい。わかりました。」
精一杯の素直な気持ちを口にした。
ジリアンはプラーナの家で夕食を終え、別れの挨拶をして、家を出た。エアバイクに向かうと、そこにコリンが立っていた。
「いま、お帰りかい。」
「やぁ、コリン。どうしたんだよ。」
「エアバイクに乗せてもらえないか。」
「どこへいくの?」
「もちろん、レインに会いに行くんだよ。」
「ええ?!」
「会いに来いって言ったのは、おまえだろう。」
ジリアンはしぶしぶ、エアバイクにコリンを乗せた。ヘルメットをかぶらせ、自分もかぶろうとしたときに、プラーナの2階の窓から、心配そうに眺めるプラーナの姿が見えた。笑顔を向けて、手を振ると、プラーナも手を振った。
「熱々ぶりは相変わらずだな。」
「離れていてもこころが通じ合っているということだよ。やきもちやいてるわけじゃないよね。」
「まさか!」
コリンはジリアンのヘルメットをこぶしで軽く叩いた。
「冗談だよ。しっかりつかまっててよね。」
「おう。」
コリンが背中にしがみつき、両手が前にまわってきた。エンジンをいれて、アクセルを踏み、バイクを走らせた。コリンと二人でエアバイクに乗るなんてことは以前では考えられなかったことだった。あのまま、学校生活を続けていても、二人の隔たりは縮まらなかっただろう。そう、考えると、レインとエミリアとの間にできた隔たりはいつか縮まるのだろうと思った。
薄暗い夕闇の中に街灯が明かりを放ち始めた。静まり返る街中をエアバイクは走っていった。