第二十九章 青い果実Ⅱ 2
レイン一人で、タンクにグリーンオイルの種を入れ込む。ラゴネが栓をひねって、蒸留水を注ぎ込む。グリーンの液体が水と交わらずに弾けて、ガラス玉のように水の中を動き回っていた。しばらくすると、タンクの底でグリーンオイルは丸い形のまま水の中に沈んでいた。ラゴネのスイッチで、底が回転し、液体は攪拌されていった。頂点の太陽がまぶしく当りを照らし、光合成を促していた。
ガラス玉はなくなり、次第に水の色が透明な緑色に変わる。日差しを浴びると、輝きを増して、落ち着いた緑色になる。時間が経つと、緑色は段々濃くなっていく。そして、蒸留水をタンクの上部まで注ぎ込んでグリーンオイルは完成されていく。
空挺が到着するサイレンが鳴り響く。レインは空を見上げて、確認した。
「金魚だ。」
赤い空挺である郵便船を通称「金魚」と呼んでいた。
「修理じゃなさそうだな。郵便物かな。」
ラゴネはそういうと、レインに休憩するように手で合図を送った。濡れタオルを顔に当て、日に焼けた肌を冷やしていると、通信が入った。
「レイン、手紙が来てるよ。」
ステファノの声だった。
「もう、ここはいいから、上に行っていい。」
「はい、じいさま。」
濡れたタオルを首に巻いて、上半身裸のまま、タンクの側から離れた。
食堂にレインが入ると、郵便船の船長のモナ=ロマーノが冷たい飲み物を飲み干して立っていた。
「おや、レインかい。ずいぶんと、たくましくなったじゃない。」
周りを見渡しても、船長以外のクルーがいない。台所にはジゼルがいたが、ステファノがいなかった。展望台の通信室からステファノが通信したのはわかっていたが、きっとモナの相手をしたくないから、逃げたのだろうとレインは考えた。
「ご無沙汰してます、ロマーノ船長。」
モナはレインに向かって歩いてきたので、レインはあわてて、手に持っていた上着を羽織った。ボタンを留めようとすると、モナが止めた。
「ずいぶんと鍛えたのね。いい体してるわ。顔はそのままなのにね。」
モナの息から、甘い臭いがした。飲み物がグレープジュースだとわかった。
「僕に手紙が届いてると、通信が入ったものですから。」
「ええ、ステファノが持っていったわ。」
「では、展望台に行ってきますので、失礼します。」
「あら、つれないわね。もっと、お話したいわ。」
レインは足早に食堂を出ていった。
甘い臭いとともに、きつい香水の臭いが鼻についてきた。グリーンオイルの臭いを嗅いでいた後なので、余計に強調されていた。
展望台のドアを開けると、ステファノが手紙を持って、振っていた。
「女の子からだよ。」
レインの心の中で、それがエミリアの手紙でないことはわかっていた。手紙が来るとしたら、コーネリアスだろうと。
ステファノから手紙を受け取り、差出人を確認した。
「やっぱり。」
でも、いつものかわいらしい手紙ではない。型押し紙に封印がされた手紙でかしこまった感じがした。
ステファノは気を使い、展望台を出ようとした。
「いいよ、僕、上にあがるから。ここにいてて。」
無言で笑顔を傾けたステファノはマイクを手にして、ディゴに指示を出した。
「点検が終わったら、合図ください。」
展望台の横にあるドアを開けると、断崖絶壁に出る。岩山の天辺にあがる階段があって、そこへレインはのぼっていく。天辺で座り込むと、手紙の封を切った。手紙を読み終えて、ため息をついた。
「誕生会って、たくさんの人が来るのかな。なんだか気が滅入るな。」
女の子の誕生会に行ったのは初等科のころで、そこにはたくさんの子供たちがいた。友達のコリンの誕生会は、コリンの両親とレインだけだった。
「ジリアンを連れて行こう。」
手紙はコーネリアスの誕生会の招待状だった。
手紙には小さなメッセージカードが入っていた。レインはその文章を読み上げた。
「普段着で来て頂戴。友達は招待していないので、レイン一人で来てね。」
読み終えて、一抹の不安がよぎった。
ジリアンがエアバイクで、オホス川を渡ると、街並みがひろがる道を進んでいった。ひさしぶりに眺める景色に、ひとりでエアバイクに乗っている爽快感がした。以前は体も小さく体力もなかった自分がひとりでエアバイク乗っていることに優越感を感じていた。
プラーナの家に向かっていくと、コリン=ボイドの店の前を通り過ぎる。店の中をチラリと見ると、コリンが中にいないのがわかった。旅立つ前のプラーナの誕生会で殴られた事を思い返していた。
「もう、殴られることなんてないだろう。」
それだけ自分自身が強くなったと、感じていたからだ。
プラーナの家の前でエアバイクを止めて、玄関前のチャイムを鳴らそうとしていたら、後ろから声をかけられた。
「帰ってきてたのか。」
振り返ると、コリンが白衣を着て立っていた。
「ああ、コリン。うん、帰ってきたんだよ。」
コリンの白衣は、薄汚れていたが、甘い臭いがしていた。それはケーキをプラーナのところへ届けにきたことをわからせくれた。
「配達に来てたの?」
「ああ、そうだよ。注文もらったのでね。」
チャイムを鳴らそうとすると、コリンが手を掛けて止めた。
「帰ってきたのなら、レインはなぜ、俺に会いに来ないんだ。」
しばらく黙ってジリアンは重い口を開いた。
「会いたければ、会いに来るといい。レインに会えば、理由がわかるよ。」
「大怪我でもしたのか。」
「そうなら、そういうよ。そうじゃないんだ。言葉にするより、一目見たらわかるよ。」
「わかんないこという奴だな。はっきり言えよ。」
「友達だろ、コリン。だったら、何も聞かず、レインに会いに来ればいいんだ。」
「あ、そう。相変わらずだな、お前は。」
けんか腰でも物を言うのも、同じだろうと言いたげなところを押さえ込んで、ジリアンはチャイムを鳴らした。