第二十八章 衝動の波紋 9
「レテシアはどうしたんだ。」
ガラファンドランドドックでロブの怒号が響き渡った。その電話はテオからグリーンエメラルダ号が宮殿に向かって落とされたことを聞かされた直後だった。ロブはジェフからスカイロードの卒業式の件を聞いていて、レインからも参加する旨を聞かされていた。カスターがグリーンエメラルダ号に残っていることも聞かされたので、気が気でなかった。電話でのレインはロブの怒号で耳を押さえて、しばらく聞こえない振りをしていた。矢継ぎ早にいろいろ質問してきたが、何を言ってきているのかわからなかった。
「お母さんはいま、意識を失って、診療室のベッドで寝ている。まだ、意識は戻っていない。」
それだけしかいえなかった。
レインの後ろでジェフがいらついていた。気になることがあったからだ。レテシアをジリアン一人にまかせてきたことを後悔し始めていた。
(この部屋から出て行かないようにと注意しておいたが、具体的に言えば良かったかな。ジリアンなら話をしても大丈夫な気がしたが。)
不安がこころをよぎり、ジェフはレインの受話器を取り上げてロブにひとこと言っておきたかった。
「レテシアを向かいに来るんだ。一刻も早くだ。ロブ、お前でないとだめだ。どういうことかはわかるな。ここにあの人がいてるということなんだ。」
そういうと、足早にその場からいなくなった。
レインは受話器を持たされて、ジェフの後姿を呆然と見ていた。
ロブは受話器を握り締めていて怒りをこみ上げてくるのを感じていた。
「あの人って・・・。」
後ろを振り返ると、レオンが心配そうにしていた。
「レインたちは無事なのですか。」
レオンに声をかけられて、我に返ったロブは受話器を口元にもどした。
「おい、ジェフ!」
「ジェフはもういないよ。」
「レインか。今すぐ支度をして、そちらに向かう。用意ができたら、また、連絡する。」
「ええ!!こっちに来るの?」
「ああ、カスターの生死もつかめていないが、とりあえずは・・・。」
「カスターは無事だと聞いたよ。詳しい話は電話ではできないよ。」
「わかった。会ったときに聞こう。」
「うん。」
「レイン、レテシアのそばについていてくれ。離れないでいてほしい。」
「わかっているよ。」
レインが言った、本当の意味でのわかっているではないことをロブは知っていた。
一方、ジェフは走るようにして病院の廊下を行くと、レテシアがいる診療室の前でひとりの軍人が立っているのが見えた。その軍人をジリアンが相手をしていた。
「申し訳ありませんが、中に入れるわけにいきません。」
「どうしてかな。私は古くからの彼女の友人なのだよ。そう言っていただければ、理解してもらえるのだが。」
「名前を名乗らない方に会わせるわけには行きません。名乗ってください。」
ジリアンは、最初会ったときから、この軍人の威圧感を感じていた。階級大佐と知ってもなお、この人物がもっと身分の高い人だと気づいていたからだ。そこに理解しがたい畏怖のような違和感がジリアンをあわせないように仕向けていた。
「これは、これは、陛下ではありませんか。そのような戯言の軍服姿でお見えになるとは。」
ジェフは息を切らせて、言葉をかけた。
一方、青年将校の成りをしていたことをばらされた皇帝は、うるさい虫が来たといわんばかりに軽蔑したまなざしでジェフをみていた。
「レテシアの旧友か、たしか、ジェフ=マックファット君だったかな。」
「名前を覚えていただき、光栄であります。なにか御用でしょうか。」
「なにかといわれても、旧知の仲であるレテシア少尉にお会いして慰めたいと申しているのに、この少年は中に入れてくれないのだよ。」
「申し訳ございません。いま、まだ、意識が回復しておりませんから。」
「いや、先ほど、意識が回復したと、スカイロード常駐の医者が言っていたものだからね。」
「本当なのか、ジリアン。」
「ええ、でも。まだ、はっきりした状態じゃなくて、また、眠りについてしまったのです。」
ジリアンは悟った。ジェフの言うことが本当なら、この軍人は皇帝陛下だと。そして、さっきから感じる威圧感はジリアンが何者かを知っていることだと。
「レテシア少尉には私のほうからも、陛下が気にかけておられたと伝えておきますから、今回はお引き取りください。」
ジェフの言葉に釈然としなかったが、無理を通せば、何事か揉め事が起きることを察し、二人を一瞥してその場を去った。
「ふぅ。危なかったな。」
「なにが、危ないのですか。」
「ああ、ごめん。そのことを説明するにはちょっと大人の事情を知らなきゃだめなんだ。」
「そうですか、だったら、聞かないことにします。」
物分りの良い子供でよかったなとジェフは胸をなでおろした。余計なことを口にしたくなかったからだ。
何も知らないレインが戻ってきた。
「さっき、すれ違った軍人さんがいるんだけど。」
「皇帝陛下だよ。」
「ええ!!やっぱり。」
「やっぱりって、どういうこと。」
「あ、いや、エアジェットのアトラクションのときに、視線を感じていて、なんだが、普通に軍人さんって感じがしなかったんだよ。」
ジェフは二人に室内へ入るよう促すと、中から、レテシアの声が聞こえた。
「レイン、レイン、どこにいてるの?」
レインはすぐさま、中に入り、意識をとりもどしたレテシアのそばに寄り添った。
「僕はここにいてるよ。」
「ああ、良かった。」
レテシアは、レインもいなくなって一人ぼっちになった悪い夢を見ていたと口にした。そして、レインを抱きしめた。レインは抗うことなく、抱きしめ返した。
「大丈夫、僕がついているから。それに、父さんがこっちに来るって言ってたよ。」
「本当なの?」
「本当だよ。」
それまでのレテシアの陽気な性質が一変して、涙をうかべる弱弱しい姿になったのを感じて、レインは自分がしっかりしなければいけないと思った。
二人の様子に気遣って、ジェフとジリアンは廊下に出た。
「ロブ兄さんがこちらに来るって本当ですか。」
「俺が向かいに来いって言ったから、来るだろう。」
「ロブ兄さんは知っているのですね。」
「ああ、もちろんだ。この危機感を感じないわけじゃないだろう。」
「意気消沈しているレテシアさんを皇帝陛下はどうにかしようと思っていたのですか。」
「まぁ、憶測でしかないけどね。」
ジリアンはため息をついた。大人の事情を知ってしまった感があった。
「それはグリーンエメラルダ号が落ちたことと関係ありますか。」
「いや、宮殿が攻撃されたのだから、ないと思うが。しかし、派閥争いというか権力争いにグリーンエメラルダ号は駒として使われる可能性を、艦長もレテシアも感じていただろう。」
「そうですか。」
ジリアン自身、知らないわけでもなかった。いままでのいろんな出来事が偶発的に起こったことではないことぐらいはわかるし、その背景を知り得て身を守らなければいけないことを教えられてきたからだ。
ジェフはため息をついてつぶやいた。
「レジーナ女帝が繁栄を意味していたものがまた、ひとつ、消えていったな。」
「グリーンエメラルダ号のことですか。」
「ああ、もうひとつは、アレキサンダー号だった。」