第二十八章 衝動の波紋 7
頭が重い、体の動きが鈍い、その感覚が何を意味しているのかと考えているうちに、衝撃が走った。
「薬を盛られた。」
カスターが気づいたときには、もう遅い。目の前でイリアが上半身裸でいて、着替えの最中だった。
振り返ったイリアは不適な笑みを浮かべて、着替え終わるとその場からいなくなった。
薬を飲まされて性交させられたのはこれで何度目だろう。それを避けるために、レインたちがいなくなって、クルーたちの部屋に転々として寝かせてもらったきたが、みんな気持ち悪がって相手にしてもらえなくなった。アルドラー少尉だけが、部屋に寝かせてくれたのだが、どうやら鍵を開けられたらしい。
頭を抱えて現状をどう受けたらいいのかと、苦悩していた。
程なくして、グリーンエメラルダ号の常駐の女医が現れて、カスターを責め立てた。
「あなた、なんてことをしたの!」
カスターは軍の通信部にいたときに起きたトラブルを思い起こした。あの時と同じ、嵌められたのかもしれないと思ったからだ。
「ぼ、僕は・・・。」
まだ、口がうまく回らない。アルドラー少尉が来てくれて、事情を聞いてくれていた。カスターは立ち上がることすらできずに、意識が遠のくのを必死に堪えた。
「薬を飲んでいるみたいだよ。」
「ええ、イリアから聞いたわ。よく眠れないから薬を飲んでいると。最近睡眠薬が紛失するので犯人を探し出そうとしていたところなのよ。まさか、犯人がカスター=ペドロだなんて。」
「違う。」と言いたいのに、口が動かない。無理に立ち上がって、まえのめりに倒れこんだ。
「おい、大丈夫か、キャス。」
アルドラー少尉が支えてくれたものの、頭が割れそうに痛くて、ものが言えなかった。
「重症ね。そのような状態でイリアを乱暴したのかしら。」
「イリアを乱暴?」
「ええ、泣き叫びならが医務室に入ってきたから、事情を聞いたの。カスターに乱暴されたと。」
「そんな。昨日は僕の部屋で休んでいたのに。」
「よく聞く話なんだけど、どうして、自分の部屋で寝ないのかしら。」
「SAF号の爆破事故が夢に出てきてよく眠れないと言っていたんだ。」
「人の部屋だとよく眠れるというの?」
「それまでレインたちと一緒だったからだろう。」
「飽きれたわ。大の男が。」
「軍医なら、トラウマを抱えることぐらいわかるでしょう。」
「ええ、もちろんよ。でも、カスターは民間人になったのよ。」
筋違いの話になりそうなので、それ以上軍医としての見識を追求するのをやめた。
「イリアはどうしているんだ。」
「医務室で寝かせてるわ。話を聞けば、これが初めてではないっていうし。」
「初めてじゃない?」
「ええ、何度もあったそうよ。それで、検査をしたのよ。本当かどうか。」
検査?という言葉が耳にのこり、何度もリフレインして、カスターは意識を失った。まるでスイッチを切ったかのように。
妊娠検査をしたイリアはカスターの子を身ごもったことを意味していた。女医は艦長にこのことを報告し、意識のもどらないカスターは独房に入れられた。カスターをかばったアルドラー少尉が独房の見張り役をかって出た。その事情を知らないままに、カスターは眠り続けていた。
スカイロードでは、卒業式に備えて、飛行訓練を行っていた。グリーンオイル財団研究所からパジェロブルーの複合機5機が到着し、エミリアやフェリシアが飛行訓練する準備が整っていた。
エミリアは複雑な気持ちでパジェロブルーを眺めていた。SAF爆破事故でパジェロブルーを亡くしたレインの前で複合機とはいえ寸分と違わない機体に乗って飛行するのが辛い気がした。同じ思いをかかえていたフェリシアも複雑な思いでいた。
「エミリア、聞いたわ。アザロ少佐が来ているのね。」
「ええ。」
「どうしてなの。」
「どうしてって。父が呼び寄せたのよ。」
「レインが来るのを知っていたの?」
「フェリシア、あなたも同じでしょう。レテシア少尉が参加すると知ったときから、来るのかもしれないと考えたでしょう。」
「ええ、そうよ。それも、目の前で紹介したのでしょう。」
「ええ、辛かったわ。」
堪えることができなくて、涙がこぼれた。
「わたし・・・・。」
フェリシアにしか聞こえないように、その言葉を口にした。フェリシアに衝撃が走って、驚きをかくせず、口を手で押さえた。
「酷い。」
フェリシアは後ろからエミリアを抱きしめた。
「私なら、耐えられないわ。アザロ少尉とレインの前で笑顔でいてたと聞いたのよ。そんな辛い思いをしてまで、あなたは・・・。」
涙を手でぬぐって、気丈に振舞おうとした。二人の前方にレテシアとジェフが現れたからだ。
フェリシアの抱きしめる手をとり、引き離して、促した。
「フェリシア、練習開始よ。」
レインとジリアンは飛行場から少し離れた観賞用の広場で立ち尽くしていた。見ているのは、自分たちがもう乗ることできないパジェロブルーの飛行だった。
「ラインが滑らかになっているけど、輝くように飛行している姿はまるで、青い鳥みたいだ。」
ジリアンが空を見上げては観賞にひたっていた。レインは上を見上げることができずに、芝生を足でいじっていた。レインたちの上を低空飛行するエアジェットが通り過ぎた。轟音が二人を襲ってふたりは耳を手で押さえてしゃがみこんだ。そして、レインは初めて上を見上げた。オレンジ色の機体が通り過ぎていったのを確認した。
「かあさん、わざとやったな。」
「レインが下ばっかり見ているからだよ。」
レテシアが操縦しているエアジェットは低空から急速上昇した。そして、ジェフが操縦しているエアジェットと合流して、並行しながら、背面飛行し始め、二つの機体は重なりながら飛行した。
「うわぁ、すごい。」
レインとジリアンは、レテシアがスカイロードで事故をしたという話を思い返し、この飛行がその事故を引き起こしたのだと気づいた。見ながら成功することを祈っていたが、背面二重飛行は難無くこなさていた。重なり合ったふたつの機体は回転し、ほどなく離れていった。
レインとジリアンはおもわず拍手をした。レインはロブに肩車をしてもらって、レテシアが操縦するエアジェットを眺めていた幼いころを思い出し、両手を空に広げた。
「すごい、すごい。」
レインは涙を流していた。ジリアンは空を眺めてひとこと言った。
「ここは乾燥地帯だから、レインが泣いても、雨は降らないね。」
雲ひとつない空がどこまでもつづいていて、数十機のエアジェットが思い思いに飛行していた。