第二十八章 衝動の波紋 4
レテシアたちが到着すると、教官のビル=ポルスキーが出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。ハートランド少尉。」
「こちらこそ、お招きに預かり光栄です。ボルスキー准曹。」
「レイン、ジリアンもようこそ。事故のことは残念に思うが、案じていたので無事で何よりだ。」
「お招きいただき、ありがとうございます。」
「以前より、成長したね。君たちに会うのが楽しみになってくるね。」
照れ笑いも出来ないレインに、苦笑いするジリアン。レテシアは満面の笑みでレインの後ろに立ち、嬉しさを隠せずにいた。
この複雑な関係を知らないわけでもなかったビルだった。
「デモンストレーションに参加してくださることでしね、少尉。」
「ええ、私でできることであればと思いまして。」
「ジェフ=マックファットが除隊して、今回参加してくれるのです。」
「まぁ、ジェフに会えるの。素敵なことだわ。」
「ええ、お二人ですばらしい飛行技術を披露していただければ、華やかな飛行ショーになると思うのです。」
「すばらしいわ。ね、レイン、ジリアン、ジェフが来てるのよ。」
ジリアンに肘鉄をくらい、ようやく正気をもどしたレインは生返事をした。
「具合でも悪いのかな。」
「いえ、ちょっと動揺がかくせなくて・・・、いえ、興奮しているのです。あは。」
下手な言い訳しかできないレテシアは笑ってごまかした。
「では、B棟でマックファット氏が待っていますので、打ち合わせしてください。ここの施設の案内はそこに向かわせますから。」
「了解しました。お世話になります。」
「いえ、こちらこそ。よろしくお願いします。」
ジリアンはビルに挨拶を済まし、気の抜けたレインを引っ張るようにレテシアのあとについて行った。
B棟に着くと、そこにはジェフ氏以外に、エミリアが見知らぬ男性と談笑していた。
「お~い、レテシア。こっちだ。」
「ジェフ。久しぶり、元気そうね。除隊したって、聞いてびっくりしたわ。」
「あはは。そうなんだ。幼い子を持つと、どうしても、自分の命が惜しくなってね。」
ジェフの目配せに気がついたのは、ジリアンで、レインは視界にも入っていなかった。
そこにはエミリアがいたからだ。しかも、見知らぬ男性と親しげにしている様子にこころを奪われていた。
「マックファットさん、ご紹介していただけますか。」
見知らぬ男性が声をかけた。レテシアは男性の軍服姿をちらりと見た。
「ああ、こちらの女性が、さっき話をしていたレテシア=ハートランド少尉だ。」
「グリーンエメラルダ号エアジェット隊員のレテシア=ハートランドです。」
「こちらが、今年、士官学校を卒業した青年将校のクリス=アザロ少佐。」
「はじめまして、クリス=アザロです。お噂はかねがね聞いています。」
「まぁ、恥ずかしいことばかりでしょう。」
「いえ、目を見張るエアジェット操縦で惹きつける魅力的な方だと。」
クリスはレインたちが視界にはいった。それを察してレテシアが紹介した。
「少佐、こちらはわたしの息子でレインと言います。そして、こちらが従弟のジリアンです。」
「親子ですか、道理で似ていると思いました。よろしく、レイン君。君もエアジェット飛行士かい。」
「ええ、そうです。」
「ジリアン君もそうだね。よろしく。」
レインは気が気でなかった。青年将校だと聞いて、ある考えが及ばないことはなかった。
ジェフは咳払いすると、エミリアをレテシアに紹介した。
「こちらは、少佐の婚約者で今回のスカイロード卒業生のエミリア=サンジョベーゼ上等兵。」
レインはめまいがしそうになった。ジリアンはレインに気合を入れるのに、背中を叩いた。
「うっ。」
「どうかしたかい。」
「いえ。」
レテシアにはレインの表情が視界に入っていなかった。
「ハートランド少尉にお会いできて光栄です。お話は校長先生からお聞きしています。」
エミリア自身は気丈に振舞っていたが、こころの内では震えていた。レインに婚約者のことを知られてしまうことはいずれ来ることだがしかし、それはレインを傷つけてしまうのではと恐れていた。
「キャティナでの合同訓練でレインとジリアンは顔見知りだったね。」
「ええ、そうです。SAFのことは残念なことになりました。訓練が生かされたと思っています。」
ジリアンは物言えぬレインの代わりに会話に努めた。レインの様子にエミリアは痛々しく思っていた。
驚きが隠せなくて、うろたえていたからだ。その様子を知らないレテシアはレインに抱きついた。
「わたしの息子ですもの。勇敢で技量があってたくましいから、ジリアンを守って、無事でいてくれると信じていました。」
レインの顔は赤くなった。一気に様相が変わり、子ども扱いされたことに腹が立っていた。しかし、エミリアとエミリアの婚約者を前に、醜態をさらすわけにいかないと理性を引き出し思いとどまった。
「しょうがないな。親子らしいこともしていないのに。」
「まぁ、ひどい。そういうことを言わないで、ジェフ。」
談笑が続く中、レインとエミリアは魂がぬけたようになっていた。外面とはうらはらにレテシアにあわせるレインはエミリアの婚約者の存在にこころを痛め、レテシアの存在をまざまざと見せ付けられてこころが苦しくなるエミリアは婚約者のクリスに笑顔を傾けていた。
ジリアンはただ二人の姿を見守るしかできなかった。