第二十八章 衝動の波紋 2
レテシアはイリアと別れを惜しんでいた。
「このまま、別れてしまうわけではないのに。」
このグリーンエメラルダ号にイリアを連れてきてから、表向きに別行動することがなかった。イリアはレテシアが知らないところで別行動をとって、グリーンエメラルダ号を離れることはあった。
「心配なのよ。日ごろ、私以外の人と接していないから。」
イリアは振り向いて、カスターの方を指差した。
「カスターが残るっていうから、大丈夫よ。」
いつのまにかカスターと親しくなっていたことに、親離れした気持ちを感じていた。レインとジリアンといつも一緒だったカスターが別行動をとるというのも、なぜか疑わしかったが、責める理由などどこにもなかった。
「なにか、わたしに隠していることでもあるの?」
「ないわ。」
問い詰めても答えてくれないだろうとは思っていた。SAFの爆破事故にイリアが関わっていたことを知らなかった自分を責めた。また、なにかしようとしているのを、どうすれば防げるというのだろうと考えた。
レテシアはレインたちと離れたカスターを捕まえて、頼みごとをした。
「イリアのことを気にかけてほしいの。」
「ええ、わかってますよ。心配なのでしょう。僕のできることであれば、守ります。」
「そう言ってくれると安心できるわ。ありがとう。イリアのことをよろしくね。」
「ええ、まかせてください。」
安堵の顔を向けて、嬉しそうにカスターの手をとった。
カスターのこころのうちでは、レテシアの思いには十分には応えられないだろうと思っていた。イリアが何をしようとしているか、部分的には知っているからだ。どうやって実行するか知らないが、何としてもとめなければいけないし、そのことをレテシアに話してはいけないだろうと考えていた。レテシアがいなくなる機会を狙って行動するということ、レインたちがいなくなる以上、カスターも覚悟をした。
「心配かけるわけには行かないから、理由は聞かないでほしい。」
レインとジリアンに告げた言葉だった。
理由をしらない二人は、カスターがよもや命をかけてまで、阻止しようとしているとは考えなかった。クレア自身が死を覚悟していたことを知らないでいたので、考えが及ばなかったと言っていい。そして、あの爆破事故の凄まじさはロブの火傷の怪我で知ったものの、事故の原因や何が本当に起きたのかも知らされていなかったために、危機感がなかった。
「心配していないよ、カスター。クレアさんのことで吹っ切れたとは思ってないけど、自暴自棄になるとは思ってないから。」
ジリアンの言葉が的を得てて、少し驚いた。その様子に気づくことができなくて二人は笑顔でカスターと別れた。
3人を見送ったカスターとイリアは、お互いを見合った。
「思い通りにはさせないつもりだ。」
「さぁ、どうやってとめるつもりかしら。」
イリアはカスターをあざ笑うかのように言った。カスターはすでに、イリアが受け取ったレッドオイルを盗みすり替えていた。イリアはそのことを知っていた。それはイリアが計算していたことだったからだ。
「邪魔をするなら、排除するまで。ほしい情報は手に入れたし、消えてもらおうかしら。」
レインは浮かない顔をしていた。ジリアンは理由を知っている。レテシアは知らないままに、やたらとレインに話しかけていた。
「卒業式には、エアジェットのアトラクションがあるの。ママも参加するんだけど、レインも一緒にどうかしら。」
「しませんよ。」
「つれないわね。即答だなんて。」
レテシアは必死にレインの顔をうかがう。レインはそれを避ける。その様子を、笑いを堪えて見守るジリアンはレインを助けることができなくて、レインに睨まれていた。
「なにか、嫌なことでもあるのかしら。」
レインの目じりがあがったような気がした。レテシアはなにがあるのだろうと思考した。
「スカイロードの合同訓練でなにか嫌なことでもあったの?」
レインの顔色が悪くなったのをみて、レテシアは答えを言い当てたとこころのなかで微笑んだ。ジリアンはレインのことを正直すぎるとあきれていた。
「合同訓練で事件があったのですよ。」
ジリアンがやっと思いついて口にした。
「ええ。訓練中に生徒の方が砂虫の犠牲になってしまって。」
「あら、そうなの。それは気の毒に。さぞ、こころをいためたでしょうね。」
「軍の訓練なら、死亡事故はつきものでしょう。」
「それはそうだけど。だってね、皇女殿下が参加されたでしょう。」
「ええ、だから、大変だったのですよ。」
「まぁ、」
ジリアンは大げさに話をしてみせた。まだ青い顔しているレインから引き離すためだった。
3人を乗せた空挺は、太陽が輝く青い空の下を、スローペースで飛行していた。
レインのこころは決断したものの、気持ちは重かった。このまま、別の場所に飛んでいってくれてもいい思っていた。自分なりに努力してみた。コーネリアスに手紙を書き続けても、気持ちを偽ってることに気づくだけだった。エアジェットに乗れば、忘れることができたが、自分たちのエアジェット・パジェロブルーはもうない。