第二十七章 黄金の紋章 9
「もうすぐなのね。とても寂しいわ。」
「そうね。軍隊に入隊それは、どこに配属されるかわからないから、離れ離れになるでしょうね。」
フェリシアはエミリアの手を取り、見つめていた。
「今までありがとう。あなたがいたから、わたし乗り越えたのだと思うの。」
「何を言っているの。フェリシア自身が努力したからこそ、乗り越えられたのよ。」
首を横に振り、涙を堪えていた。
「皇族の身の上で、過酷な訓練を受けるのは、重すぎて辛かったわ。私が男子であればこんなに苦しむこともないのにと思ってきたのですもの。」
エミリアはフェリシアを抱きしめて、頭を撫でた。
「よく耐えたわ。あなたが辛くて泣いていた日々はあなたを強くしてくれるって信じていたもの。」
「あなたが見守ってくれればこそだわ。本当にありがとう。感謝しているわ。」
「感謝だなんて、わたしはあなたの友人として当たり前のことをしてきたのよ。」
二人はスカイロードの卒業を数日後に控えていた。それまでに、高度な技術を必要とした試験の数々をクリアし、それぞれが立派なパイロットとして成長を遂げていた。
「卒業式には父上がお忍びで来てくださるの。エミリアはお父様がいらっしゃるのかしら。」
「ええ、来て下さるのだけど、前日に実家へ来て泊まるように言われているの。」
「まぁ、それでは、最後は一緒に過ごせないのね。」
「残念だけど。」
「いいわ。教官の許可を取って、今日はパジャマパーティでもしましょうよ。」
「いいアイデアだわ。」
二人は精一杯、女の子らしさを楽しもうとしていた。
レインはスカイロードの卒業式の招待を受けることにした。その旨をレテシアに告げると、イリアが来ない事を残念に思って口にしていた。
「イリアにもスカイロードの良さを知って欲しかったのだけど。」
レテシアはレインの心を推し量ることが出来ないままに、溝が出来てしまっていることに気づいてもいなかった。ジリアンはただ、見守ることしか出来ないと思った。ここでレテシアに事情を話せば、こじれてしまうだろうと思ったからだ。そして、レインの覚悟はどこまで本当なのかと疑っていた。エミリアと面と向かって気持ちを断ち切ることが本当にできるのだろうかと。ただ、気持ちを断ち切った振りをするだけに終わってしまうのではないかと考えていた。
一方、カスターの方はイリアが言っていた『グリーンエメラルダ号落とし』を決行するとしたら、レテシアがいない時を狙うだろうと思っていた。止めても無駄だろう。密告したところで信じてもらえない。どうやって決行するのかもわかっていない。突きつけられた犯行の予告は、カスターを苦しめていた。
ロブには確信が持てなかった。あんまりにも突拍子もないことだったからだ。セシリアの子がコリンだという確証がどこにあるというのだろう。ただ、レオンに似ているだけでは検証にはならない。
「その子のことを告げるつもりはないが、確証は得られない。その子には両親がいる。しかし実の親であるかどうかもわからない。」
「ロブさん、その子の名を口にしないでください。クレアさんはたどり着いていたのですが、私には一言も言いませんでした。わたしの身を案じてのことです。クレアさんの気遣いを察してください。」
「わかっている。ダンやクレアさん自身もその子のことを案じてのことだろう。」
「しかし、複雑怪奇だね。皇族の血がそのように入り乱れているということがね。」
アンは深いため息をついて、レオンを見ていた。
「レオン、お前さんはどう思う。」
「僕ですか。」
躊躇していて、なかなかこたえられなかったが、心は決まっていた。
「僕は、母であるウィンディが安心して生きていてくれればそれでいいです。息子である僕が利用されることも望んでいないでしょう。日常変わらず、無事で安穏と暮らしていく事を望んでいるでしょうから。」
「そうだね。でも、どこにいても、変わらないだろう。」
「ええ、そうですね。安住の地を求めないといけないでしょうね。」
「ここにいてもかまわないが。」
「いいえ、それはいけません。迷惑をかけてしまう。」
「ここは、盗聴されることもない。電波が届かないからね。通信システムが通用しない。」
「でも、人海戦術で攻められたら、逃げようがありません。」
テオはここの地形を把握している事を知って感心した。そして、おもむろにポケットからテーブルにあるものを取り出した。
「これは何ですか。」
「ホーネットのエンブレムだ。」
「ホーネット?」
「ああ、皇族専用空挺部隊だ。レインの母親レテシアも所属していた。」
テーブルに出されたエンブレムはテオの手でレオンの手に渡された。レオンはそれを見入っていた。蜂のしたにある獅子が吠えている黄金の紋章は見たことがあった。
「この蜂の絵がホーネットのものですか。」
「そうだ。そのエンブレムはホーネットの隊員であることの証だ。」
「そうなのですか。」
「お前に託す。」
「え?」
「今まで皇帝のことは尊敬していたが、今、封印しておく。そうしないと、真実がきちんと見えてこない。」
「でも、僕のことは・・・。」
「ああ、そうだ。確証がないことはわかっている。ホーネットが解散した時は除隊しようと思っていた。ホーネットは憧れだったし誇りだった。失ったのなら軍隊にいる意味がないと思っていたからだ。だが、皇帝に忠誠を誓い、使命を感じていたことが嘘になると思い、考え直した。いろんな情報が錯綜し、皇帝の信頼を得られていないことを知った上ではもう意味がないと感じて除隊した。そして、そのエンブレムを後生大事にしている自分にも嫌気が差した。しかし、誇りは捨てたくない。だから、お前に預かってもらいたい。」
エンブレムを見つめていて、テオの気持ちを受け入れるかどうか考えた。昨日会ったばかりいの大人が自分の事を信じて胸を差し出すこの状況を、どう受け止めようかと思った。拒む理由などない。それはわかっていた。
「預かるだけでよろしいでしょうか。」
「もちろんだ。」
「必ずお返しします。」
「よろしく頼むよ。」
エンブレムを握り締めて、ポケットにしまいこんだ。
「レオン。」
「はい。」
「どこにいようとも、そのエンブレムがある限り、生き延びていて欲しい。俺もお前を守るために努力をしよう。」
「はい。」
「そして、誓ってくれ。何があろうとも、皇帝を恨まないでほしい。ウィンディが恨んでも、お前は恨まないで欲しい。」
答えに戸惑ったが、心は決まっていた。
「わかりました。そんなことをしたら、僕が生まれてきた事を否定しまうことになるでしょう。」
「すまないな。」
「どうして、謝るのですか。」
「そうだな、他に言葉がみつからなかった。」
ゆっくりと目を閉じて、レオンは言った。
「ありがとうございます。みなさんと会えて良かったです。僕の生きる糧になるでしょう。」