第二十七章 黄金の紋章 8
レオンはジェフと別れの挨拶をすると、笑顔で握手をした。ロブはジェフを抱き閉めると、「今まで、ありがとう。」といつになく、しおらしく言葉を口にした。照れくささを隠しようがないしぐさで片手で顔を覆い、みんなに手を振った。ジェフの姿が見えなくなって、レオンの目から涙がこぼれた。
「もう、二度と会えないわけじゃないんだ、泣くなよ。」
「そうでしょうか。僕は会えない気がして仕方がないのですよ。」
「俺もそう思う。もともとつながりのある男だっただけに、概念の違うもの同士というのがあるから、会えない気がするんだ。」
レオンとロブの二人はテオの顔を見ていた。シモンはため息をつきながら、二人の肩に手をおいた。
「たしかに、動向はちがうかもしれない。敵対する者同士であったとしも生きていれば必ず会う。お互いを引き裂くものがあったとしても、友達であったこと、つながりがあったことには変わりはないだろう。」
安心感を得て、笑顔になったとき、テオの顔には疑心の表情がにじんでいた。
「ジェフが何を考えているかわからない以上、何をしでかすかと信用できない部分がある。それはロブがなにをしでかすかわからないのとわけが違う。」
意味の理解できないレオンが不思議な顔をするのに対して、ロブは嫌な顔をするしかなかった。
「俺はジェフを信じるよ。彼らの動向に賛成するかしないかは今、示す必要がないと思うんだが。」
「そうだなぁ、テオは全体を良く見えていない。見えるようになると自然とわかるだろう。」
「軍人でないシモンに言われるとは思わなかったよ。」
「今は軍人じゃないだろ、テオ。」
シモンは会話を切り上げようというしぐさをしてその場から立ち去った。
深い深い森の中へエアバスが飛行していく。行き先はアニー=ポーターのところ。
ロブはあまり気乗りがしない。アンから罵倒されると思っているからだ。レオンも浮かない顔をしていた。覚悟はできているといっても、コーディがどこまで話してくれるかわからないからだ。口にしたことはただの仮定でしかない。コーディの口からウィンディが確信していることを聞くことが確信につながると思っている。しかし、コーディ自身は第三者でしかない。クレアから聞いたとしても、クレア自身も第三者だ。ロブにそれとなく、ジェフに言われた「俺の口から話せない。」ということを聞き出そうとしたら、アニーの家についてから話そうと言われた。
アニーの家に着くと、元気な女の子が小さな玄関から出てきた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、中にお入りください。」
面を食らった一行だが、アニーの孫がいてることを聞かされたのを思い出して、納得した。
「アンはいてるかな。わたしはテオ=アラゴンだ。」
「ええ、いてますよ。中にお入りください。」
大きな体を曲げるようにして、玄関の扉をくぐり、中へ入っていった。
客間に通されると、アンが車椅子で部屋の奥でみんなを待っていた。
「ご苦労さん、待ちかねたよ。」
テーブルに両手を組んで下からのぞくように見上げていた。睨んでいる目線の先にはロブがいた。
「ご無沙汰しています。」
「ご無沙汰だな。お前さんが育てた割りに素直な良い子だったよ、レインは。」
ほめられた気がしないロブは頭を下げるしかできなかった。
にっこりと笑顔を傾けて紹介してもらうのを待っていたレオンの後ろから声が聞こえた。
「こんにちわ。ロブさん、ご無沙汰しています。」
コーディが部屋に入ると、レオンは後ろを振り返った。
「ジョイスさん、来ていたのですね。お元気そうで良かったです。」
あいも変わらない警護に違和感を覚えた。
「コーディ、ご無沙汰。僕はジョイスじゃなくて、レオンという本名を名乗っているんだ。」
「そうなんですね。ではあらためて、レオンさん、ご無沙汰してました。」
アニーは孫のオルレアを植物の温室へ行くように言いつけて、部屋から出した。コーディに促されたがロブは椅子に座らなかった。
「相変わらずだね。」
両腕を組んで、壁にもたれかけていた。コーディが改めてロブの顔をみて悲しそうな目で見ていた。コーディの目をそむけるようにして、椅子に座った。
「最初から相しておきなさい。」
レオンはロブの言っていた苦手な人というのはこういうことかと納得していた。
「さて、どこから、話をしようか。」
口火を切ったのは、テオだった。テオが得た情報を話し始めて、誰もが聞くだけだった。話し終えると、コーディが話し始めた。
「アルバートさんが二重スパイだということはクレアさんは存じてました。そして、そのことを利用してわざと情報を流してました。」
ロブは、そうだろうと思っていたと言わんばかりにうなづいていた。
「パジェロブルーの爆発物もご存知でした。」
「レインやジリアンも囮にしたのか。」
「ええ、でも、危険を回避するために、通信機を持ってもらったのです。」
ロブやテオは呆れ顔だった。アニーは黙って聞いていた。
「誤算だったのは、ロブさんとカスターさんがパジェロブルーで戻ってきたことでしょう。」
コーディが続けて話しする内容は、ジョナサンが皇帝とつながっているということをアルバートが知っていてクレアにその情報を流したことだった。そのことを機に、影武者の話が出てきた。
「わたしが知っているのは、影武者はブライアン=セットコート氏です。」
その名前に覚えのなかったが、コーディはセシリアの愛人と説明した。
「セシリアの?」
「ええ、クレアさんいわく、セシリアさんを人質としてブライアン氏につかせておいていると。実際、グリーンオイル財団の理事長からブライアン氏の元へ行ってしまわれて、戻られていません。」
影武者の話でテオが皇帝の落胤話が出てくると、クレアから聞いたというウィンディの話が出てきた。
ウィンディの強姦事件は被疑者不明で捜査不可になっている。ウィンディの辛い記憶の中にこの犯行が計画的であることが浮き彫りになった。見張り役がいたことだった。それはおそらく影武者の存在がその時からあり、手引きをしたり見張り役をしていたのはジョナサンではないかと推察していたことだった。
テオが声を荒げて、否定しようとしたが、クレアが言った犯行理由に納得してしまった。
「レテシアさんがレインさんを出産されたことで、衝動に駆られたのではと考えられてました。クレアさんがレテシアさんからお聞きしたのです。出産報告の際の皇帝の形相を。それはもう誕生を祝う顔ではなく、この世を恨んでいるかのような怖い顔だったそうです。」
テオ自身もそのことを知っていた。皇帝がレテシアに好意を寄せていたのは、最近知ったことで、考えもしなかったが、誕生を喜んでいない様子は今でも覚えていて、レテシアが怖がっていたのも知っていた。
レオンは黙って話を聞いていたが、頭の隅でなにか引っかかっているのを感じていてそれが何であるか理解できていなかった。
「証拠があるのだろうか。それが皇帝の犯行であるということが。」
コーディはレオンの顔をうかがって、言葉が出ないでいた。
「ああ、僕のことなら、気にしなくていいよ。覚悟はできているから。」
深呼吸をして、コーディは続きを話した。
「ウィンディさんがセシリアさんの遺伝子情報を求めていたのです。」
「セシリアの?」
「はい。ジリアンさんとの親子関係を証明するために手に入れたものですが、それをウィンディさんが欲しがったのです。クレアさんはすこし考えればすぐにわかることだと言ってました。」
セシリアの遺伝子情報で皇帝の情報が手に入ったも同然だった。確率的には低いがまったくの否定ではなった。そして、その話を聞いていたレオンだったが、セシリアのことがわからないので尋ねた。
セシリアの真実の素性やジリアンの出生を聞いて、ジェフの言っていたことに合点がいった。
そして、ようやく、頭の隅に引っかかったものがするりと出てきた。
「そういえば、僕に似てる人がレインの知り合いにいてるって話をしていたんだけど。」
ロブはその言葉を聞いて、改めてレオンの顔を見た。レインたちが知っているレオンの姿はジョイスであったときの赤い髪だった。赤い髪のそばかすの少年・・・。
「おい、まさか。」
「どうしたんだ、ロブ。」
「まさか、あの子がセシリアの最初の子だというのか。」