第二十七章 黄金の紋章 6
ガラファンド・ドックに到着したテオは遠慮なく夕食を食べ始めた。ロブたちが声をかける隙すら与えずに、豪快に食して、ひとりで勝手にしゃべりだした。
「クレアはいたるところに情報網を敷いていたみたいだ。俺みたいな情報収集にうとい人間がクレアの名を口にすると面白いぐらいに情報を入手できた。」
ジェフはテオに聞こえないようにぼやいた。
「ええ、そうでしょうとも。」
薄笑いを浮かべて話を聞いていた。
レオンは最初から大人の会話についていけないと知っていたので、テオと同じく、周囲のことを気にせず夕食を食べていた。
「ところで、そこのガキは、何だ。」
ジェフがレオンの紹介をしたが、レオンはテオにお辞儀を少しして、すぐ食べ物に集中した。
テオも気に留めることなく話の続きを始めた。
テオはまず、ジェフに聞かせても大丈夫な情報を口にした。
「アルバートが二重スパイだったんだ。」
アルバートはグリーンオイル製造会社の手管でジョナサンの見張り役としてメンバーに加えられたとのことだった。クレア自身は気づいていたらしく、アルバートの家族を調べていた。グリーンオイル財団第六秘書のセリーヌ=マルキナに調べさせると漏れてしまうことを避けて、医療学園時代の知り合いに依頼していた。果たして、アルバートの家族である両親と以前知られていなかった幼い弟がグリーンオイル製造会社の手のものに監禁されていた。
テオはそのことを知り、軍関係者以外の強者を揃え、救い出した。
「アルバートを忍びこませた理由がもうひとつある。」
「セシリアの子のことか。」
ジェフはこのことを知らなくて、このとき初めて知った。そうして、ようやく皇帝排除派の狙いを理解できたと口にした。
「正体がつかめていない以上、知ったところでこっちとしては皇帝排除派の動きを知ったぐらいでしかないでしょう。その子をどうこうしようということはないと思います。」
「もちろん、それは想定範囲内だから、話せたのだがな。」
つづけて、テオの口から意外な情報を知り得たと言い出した。
「宮殿のほうで妙な動きが出ている。これは俺が作った情報網から仕入れたものだ。」
「妙な動きとは?」
「皇帝に影武者がいて、ほとんど陛下自身が宮殿にいないということだ。」
皇帝に影武者がいることはクレアも知っていたとのことで、ジェフもロブも意外ではなかったが、次の言葉にはみんな驚いた。
「皇帝にご落胤がいるらしい。」
「え!?」
「ブホッ!!」
レオンは無理やり押し込んで口にしたものを吐き出した。
「ご、ごめんなさい。はしたないことをしてしまいました。」
真っ赤な顔で口を押さえて、謝り続けた。
テオとロブは気にしていない風だったが、ジェフはレオンの様子を気にかけた。
「レオン、命を狙われている理由を知りたがっていたね。」
ジェフの言葉にロブは気づき始めた。
レオンは驚いた様子を隠すことができず、背筋が凍る思いがした。
「クレアが気にかけていた少年だ。何か理由があるのだろうな。」
テオはレオンににじり寄った。
「隠しても、仕方ないですね。」
胸をなでおろすように息を整え、レオンはトランスバランスでの友人のことを話した。
「陛下がそのようなことをするわけがない。」
「もちろん、尊敬する皇帝陛下がそのような不埒なことをするわけがないですね。」
ジェフは嫌味っぽくいうので、テオはテーブルをこぶしでたたきつけた。
「おい、ジェフ、煽るなよ。」
「煽るなって、ロブ、それで制止したつもりか。」
「いえ、すみません。」
大人の会話に冷静な判断をしようとレオンは立ち上がって言った。
「コーディなら、知っているでしょう。ウィンディやクレアがそのことに気づいたとして裏づけがないと信じるわけもないでしょうから。」
「確かにそうだ。」
落ち着いて席についたテオは、レオンの顔を凝視した。
「で、その情報の内容はどのようなものだったのですか。」
ジェフから話を向けられて、テオはたじろぐレオンをみながら、飲み物を口にした。
「影武者が陛下を脅している内容を立ち聞きしたらしい。その内容についての真意は俺自身信じがたいのだが。」
「狙いは何でしょうか。」
「影武者の狙いか。」
「もし、それがグリーンオイル製造会社の手管なら、国を陥れることも可能でしょう。」
「いや、その反対かもしれない。皇帝排除派を動かし、いずれは退位させるのかもしれない。」
「フェリシア皇女を未熟なままに譲位させるということでしょうか。」
「皇帝排除派には皇女殿下の婚約者を抱きこんでいるという話がありますよ。」
「まぁ、その辺はジェフから情報を得たいと思っていたんだ。」
レオンはようやく、大人の会話についてこれるようになったと思い始め、自分で要約していた。
皇帝、皇帝排除派、ジェフのグループ、グリーンオイル製造会社の四つ巴。レオンのなかで、目の前にいているテオとロブはどうなのだろうと考えていた。
しばらく、沈黙がつづくと、ジェフは口火を切って、話を終わらせようとした。
「自分たちの利権と強欲が絡み合っているのは目に見えるようだが、レオンのような少年たちを巻き添えにはしたくないものだな。もちろん、巻き添えにするつもりもなく、以前のレッドオイル攻撃のようなことが起きないように組織的に動いているのがわれわれの目的です。私は明日の朝、ここを発ちます。」
「もう、これ以上は成すことはないということか。」
「ええ、そうです。」
レオンは寂しそうな顔でジェフを見ていた。
「そんな悲しそうな顔をするなよ、レオン。」
「ジェフにはエアジェットのことを教えてもらおうと思ったのです。」
「僕なんかより、的確に指導してくれる御仁が目の前にいらっしゃる。」
笑いを堪えながら話すジェフをにらめつけながら、テオは「承知した。」と答えた。
「世話になった、ジェフ。」
「ああ、いろいろと気をもませてくれた。」
「どういう意味だ。」
「いや、自覚がないなら、仕方ないな。レテシアを悲しませるようなことをしないで欲しいということだよ。」
ジェフの言葉にロブは無言で応えた。
食事を終えて、ジェフが部屋に戻るレオンに声をかけた。
「夜の散歩にでもいかないか。」
「今からですか。」
「ああ、シモンに頼み込んだ。エアジェットで散歩だ。」
レオンは高所恐怖症だったが、トランスバランスのコミュニティにおいて克服していた。しかし、夜の飛行は想像にできなかった。冷や汗をかきつつ、引きつった笑顔で応えた。
「ぜひ。ご一緒させてください。」