第四章 それぞれの受難 4
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父・グリーンオイル生産責任者)
コリン(レインのクラスメイト)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
ミランダ=テレンス(マークの妻・診療所の看護士と医療事務員)
クレア=ポーター(ダンの養女・医者)
コーディ=ヴェッキア(クレアの相棒・元介護士)
タイディン診療所にむかって、一台のエアバスが向かっていた。
診療所の前で止まり、老女が何人か降りると、その後に少年が降りてきた。
老女たちは、その少年のことが気になっていたが、バスの中で話しかけても、挨拶もしてくれなかったので、同じところで降車しても話しかけなかった。
老女たちが診療所の中に入ると、ミランダが挨拶をした。
「おはようございます。」
「おはよう、ミランダ。」
「今日も、よろしくね。」
「ええ、こちらこそ。さぁ、どうぞ」
ミランダが老女たちの受付を始めると、玄関のドアが静かに開いた。
外から、うつむいたまま少年が入ってきた。
ミランダは少年を気にしたまま、老女たちの受付を済ませた。
少年はただ、うつむいたまま、玄関に立ち尽くしていた。
ミランダが気になって、少年に近づいていこうとしたとき、うつむいたままの少年から言葉が出た。
「レイン・スタンドフィールドの病室はどこですか。」
食堂では、ラゴネが熱心にアレックス・スタンドフィールドの話をしていた。
ジゼルは昼食の支度をしていて、ジリアンはそれを手伝っていた。
「ねぇ、ジル。レイニーは今日、戻ってこれるのね。」
「うん、ロブ兄さんが迎えに行くって言ってくれてた。」
「ロブがレイニーを連れ出してから、ジルは会ってないんじゃないの?」
「うん。なんか、やっぱり、レイニーがいないとさびしいね。」
「いつも一緒だったからね。」
「う~ん、ドックにいてるときとか、学校では教室が違うし、いつも一緒じゃないけど・・・。」
「歳が近いし、あとは大人の人ばかりだもの、何かというと、一緒にいてるほうが安心だったんでしょ。」
「そう、そうなんだよ、ジゼル。いてないことで、こんなに不安になるなんて、思ってもみなかったよ。」
「それが家族なのよね。いずれは巣立って離れ離れになることもあるけど、まだ、そんなことも考えられない年齢なんだもの。」
しみじみと、ふたりで会話していると、コーディがいつのまにか、キッチンにやってきた。
「ジルさん、クレアさんに飲み物を持っていくって言ってませんでした?」
「ああ、そうでした。今から持って行きます。・・・あの、じいさまの話・・・・。」
「あ、いえ、そういうつもりで言ったのじゃないですよ。わたしはこのまま、ラゴネさんの話を聴いています。」
「あ、はい、じゃ、持って行きます。」
ジリアンは苦笑いそうでいった。
コーディはラゴネのいるテーブルに戻った。
ジリアンは用事を済ませると、二人分の飲み物を用意して、キッチンを出た。
レインが病室の窓際に立って、外を眺めていた。
病室のドアが開く音がしたので、レインは振り返った。
「コリン、・・・・どうしたのその顔?」
コリンの左頬には大きな青痣が出来ていた。
「レイニー、お前こそ、顔に痣があるじゃないか。」
コリンはレイニーのおもいもよらない怪我の具合をみて、驚いて近づいた。
「そのかわいい顔に、痛々しい。」
いつもの様子に、レイニーはたじろいだ。
「ああ、わかったから、それ以上近づかないでね。」
「そんな、つれないな。」
「誰に、僕がここにいること聞いたの?」
しばらく黙ってていたコリンだったが、突然、頭を下げて、下げたまま言った。
「ごめん。僕、ジリアンをなぐってしまったんだ。」
「え!ジリアンを!どうして?」
頭を下げたまま、あげようとしないコリンをみていたレインは、ジリアンがコリンには何も言わなかったことに腹を立てて殴ったのだと考えていた。
「どうして?って聞くまでもないよね。ジリアンの態度がきにいらなかったんだろ。」
そういわれて、コリンは頭をあげた。
「プラーナから、聞いたんだ。ジリアンを殴ったのは、プラーナの誕生会で。」
「ええ!!なんて、酷いことを。プラーナのせっかくの・・・。」
「わかっている。悪いと思ってる。でも、我慢できなかったんだ。」
「我慢できなかったって・・・。」
「レイニー、君が怪我して寝込んでいるのに、ジリアンがパーティを楽しんでるなんて・・・。」
「そんな、僕は、僕のことを気にして、プラーナとの思い出が作れないなんて、そんなことジルにしてほしくない。」
コリンはしばらく黙り込んだ。
レイニーはコリンの痣はジリアンが殴ったことでできたのだろうかと考えていた。
「プラーナのお父さんには謝った。でも、家に帰って、父さんにばれてて、殴られた。
父さんに、プラーナの家に連れて行かれて、再度、謝った。
そのとき、プラーナに、レイニーがここにいることを話してくれたんだ。」
レインはジリアンが殴ったのかと疑った自分を少し恥ずかしく思った。
「プラーナは、ジリアンが自分で言うことができないだろうからって言ってくれた。
僕は、ジリアンに直接謝ることができないから、レイニーに謝っておく。
それでいいだろう。」
「うん、わかった。仕方ないね。」
安心した表情をして、コリンは、笑い始めた。
「しかし、お互い、顔に痣を作っているなんて、おっかしいな。あはは」
「笑えないよ。本当なら、昨日、ドックに帰っているはずだったのに。」
「なんだよ、なにかあったのかよ。」
レインはコリンに、昨日あった出来事を話した。
「僕がいたなら、あんなやつから守ってやるのに。
いつも、思ってたさ。あいつらに囲まれて嫌がっているレイニーをなんとかしてやろうって。」
「そうなんだ。」
「なんだよ、いまさら。知ってると思ってた。」
「あはは、ごめん。そんなに困っていたように見えたんだ。」
「なんだよ、それ。しかし、なんとかしてやりたくても、小学生のときは、こっちが体が小さかったからさ。」
「そうだね。僕たちのほうが女の子たちより、小さかったね。喧嘩しても確かに負けてた。」
レインが笑ってそう話すと、コリンは笑顔でその様子をみていた。
いままで、溜め込んでいたものを吐き出したという開放感に包まれた。
「プラーナとジリアンはあと半年しか一緒にいられないんだな。」
「僕たちは、ずっと一緒だろ。」
レインはしばらく黙り込んだ。
コリンはレインの様子をみて不安に思った。
「いつかは、空挺に乗り込んで、旅をしたいって思ってるんだ。
いつまでも、ドックにはいない。
父さんや兄さんたちのように、あっちこっち行ってみたい。知らない土地へ行ってみたい。」
コリンは愕然とその話を聴いていた。そこに、自分の居場所がないということが理解できていたからだ。
「僕は、パン屋の父さんの後をつぐことになっている。
それはレイニーがドックのトップになるという、後をつぐことになることと同じだと思ってた。」
「そりゃ、ドックを守っていく立場になるのに、かわりはないけど。
ずっと、夢だったんだ。自分たちだけで、空を飛ぶことを。」
目を閉じて、空を飛んでいる自分の姿を思い描き、話すレイン。
その姿を見ながらコリンは、プラーナとジリアンのように、レインとの別れをいつかはしなければならないことを理解した。
「じゃ、レイニーの夢がかなうその日まで、僕とは仲良くしててくれよな。」
「わかってるよ、こちらこそ、仲良くしてくれよ。」
レインは左手の拳をだし、コリンも拳を出して、軽くぶつけあった。
BGM:「ワンダーフォーゲル」くるり