第二十七章 黄金の紋章 1
司令室から、レインとレテシアはエアジェットひまわりを見ていた。
後方には、グレン少尉と鬼艦長が監視していた。
レテシアがレインに寄り添うので、レインは嫌そうに離れていこうとした。
「どうしたの?」
「え?いや、近すぎです。」
「いいじゃない。」
「良くないですよ。」
レテシアはレインの顔を覗き込み、様子を伺った。
「ねぇ、レインは好きな女の子とかいないの?」
予期せぬ質問に、顔を赤くしてあからさまに反応した。
「少尉、そんな質問をいますることですか。」
「あら、顔が赤くなったわ。好きな女の子がいてるのね。」
「いえ、いてません。」
「うふふ。」
なにがうふふなのだろうと思い、レテシアを睨むことしかできなかった。
「イリアはどう、普通の女の子なのだけれど。」
「さぁ、僕は近寄りがたいって思います。」
オブラートに包まないものの言い方で、すこし面食らった。
「そうね。それは周囲に対して警戒心が強いのよ。怖い思いもしたしね。」
「警戒心・・・、そんな風に感じませんね。僕たちがひまわりで飛行しているとき、カスターと親しげに話しをしている姿を見えました。警戒心があるように思えなかったです。」
他人行儀なしゃべり方に辟易しそうな思いで、会話を続けた。
「そういうところが見えていたの?たいしたものじゃない。」
「はぐらかさないでください。イリアのことは少尉がいちばんわかっているのでしょう。何かたくらんでいるように思えて仕方ないのですよ。」
的を得た話のように思えた。知らぬはレテシアばかりなり。そういわれても仕方ないのかと、レテシアはため息つきそうな落胆した顔をした。
「イリアはいままでの過酷な生き方から開放されていないと思っているの。そのときどきで態度が変わるというか、違ってきているというか。」
あきれた顔でレテシアをみたレインに、ロブが言っていた「会えばわかる。」という言葉が繰り返し聞こえてきた。
突然振り返って言った。
「グレン少尉。ジリアンたちの様子はどうですか。」
「ああ、順調だよ。私語は一切ないけど、息がぴったりあっているかのようだよ。」
ジリアンは与えられた任務を純粋に遂行できる人間で、イリアにおいても同様だろうと思われた。
その二人とは対照的な二人がレインとレテシアだった。
レインが言わないとしていることは、この二人でのコンビはありえないということだった。
胸のうちに言い聞かせる思い。一人の女性として母親として一緒にいることができれば好きになれるかもしれない。しかし、今はハートランド少尉といち民間人で、いわば仕事の関係でもある。
大人になりきれていない女性と、大人になりたいのになれなくて苦しむ少年との関係に、いまだ、一緒に成長したい願いでつながっていこうとしなかった。
「まだ、私たちって再スタートしたばかりなの。息がぴったり合うまでには時間がかかるかもしれないけど・・・。」
「時間はないと思う。無駄な時間を費やしたくない。」
レインは足早に司令室から出て行った。レテシアは悲しそうな顔で後姿をみていた。
グレン少尉は唖然とした様子でみていたが、鬼艦長は咳払いをした。少尉はあわてて、エアジェットひまわりの帰還の指令を出した。
緑の奥深い森を抜けると、白い壁が数十キロにわたって連なる。壁の中には白くて丸い建物が数多く点在しており、ひとつの街がそこにはあった。規則正しい整然とした街並みは住んでいる人間が何者かであるかをあらわしているかのようで、待ち行く人々も同じ決まった白い服を着用していた。
街のはずれに門があり、そこで外への出入りを制限し監視し守っているようだった。
黒尽くめの男が許可を得て、門をくぐる。すぐさま、大きな白い建物のなかに入り、受付らしきところで書類を提出すると、係りのものからの指示に従い、いすにかけて待った。
しばらくしてその男を案内する白い服装の男が現れて、ふたりはその建物から出て行った。
二人が向かった先は、学校のような場所だった。そこには小さいな子供から青年ぐらいの者たちが学ぶために集まっているコミュニティだった。
学ぶ内容、姿勢や態度は自由で、寝そべって本を読んだり、円陣を組んでトークディスカッションしたりと勉強する目的もとに好きなようにしていた。
二人はある少年を訪ねてきた。
その少年は白衣を着ていて、実験をしていた。
白い服をきた男に声をかけられて振り向いた。
金髪で顔にそばかすが残る少年は、整然として答えた。
「ジョイスと名乗っていた者ですが。僕になにか御用ですか。」
「今は、レオン=ゴールデンローブと名乗っております。」
「わたしはクレア=ポーターさんから依頼を受けまして、あなたを迎えに来ました。」
その少年はしばらく考えた振りをして、白い服の男に目配せをした。
「迎えにこられるのを待っていました。今しばらくお待ちください。用意をしてきます。」
そういうと、少年はその場から立ち去った。
黒尽くめの男はいくら待っても、少年が戻ってこないので不審に思い、尋ねた。
「まだ、時間がかかるのでしょうか。」
白い服を着た男は、その場所に他の者がやってきたことを確認してから、口を開いた。
「あの少年はここにはもどってきませんよ。」
「いったい、どういうことですか。」
「身に覚えのない人の名前で迎えにこられた場合は、身の安全を守ってほしいと前もって言われていましたからね。」
その言葉を合図に四方から白い服の男たちが何人か現れ、黒尽くめの男を捕らえた。
「おい、なにを言っているのだ。わたしは正式に書類を申請してジョイス、いやレオンを迎えにきたのだ。クレア=ポーターの依頼だといえば通じるはずなんだ。」
「それが、クレア=ポーターという名前ではないそうですよ。」
「何だと。」
「あなたはトラップにはまったみたいですよ。さぁ、連れて行きなさい。」
「いったい・・・。」
「あなたで3人目なのですよ。クレア=ポーターという名前で彼を迎えにきた人の数です。」
男の顔は真っ青になり、白い服を着た男たちに羽交い絞めにされて連れて行かれた。
少年は日差しの良く当たる庭に立っていた。空を見上げて、つぶやいた。
「クレアはもう、この世にいないというのに。あなたはわかっていたのですね。僕の命を狙うものが尋ねてくることを」
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)15歳
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)13歳
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄<実父>)30歳
カスター=ペドロ(クルー。通信士。愛称キャス)26歳
レテシア=ハートランド(主人公の実母)
グレン(レテシアの幼馴染・グリーンエメラルダ号クルー)
ジョセフ=ハートランド(グリーンエメラルダ号の艦長、レテシアの伯父)
クレア=ポーター(医者、故人)
ウィンディ(クレアの恋人)
レオン=ゴールデンローブ(ジョイスを名乗っていた。ウィンディの息子)