第二十六章 空飛ぶ翡翠 8
カスターは甲板に出て、風に当たり、手すりにしがみついていた。吐きそうに胸がむかつき、自分自身への嫌悪感でいっぱいだった。
(どうしてこうなったのだろう。)
どこにいてても同じことの繰返し。愛情を求められそして応えようとしては利用される。そして傷つくのはいつも、自分自身。クレアが今生ではなく来世でと、求めに応じなかったことは幸いだと思えた。傷つくことの最小限に留まったからだ。深い想いを感じて、クレアに会いたいと強く願い、手すりから身を乗り出した。
「パパ、大丈夫?!」
耳慣れない言葉が聞こえ、振り返ると長髪の女の子が心配そうに見ていた。自分の頬に手を当てると、濡れていたので袖で拭った。
「パパ、泣いていたの?」
女の子が近寄ってきてた。そして自分はその場でしゃがみこむ。女の子は両腕を広げ、自分の頭を抱くように覆った。
「大丈夫。パパには私がいるから。」
悲しくて切なくて胸が締め付けられる。
この気持ちは何だろうと、考えていた。
「キャス、大丈夫?!」
気がついたら、レテシアに抱きしめられていた。
「手すりから身を乗り出してて声をかけたら、目の焦点があっていなかったのよ。」
レテシアに笑顔を向けられて、苦笑いするしかなかった。
「もう、大丈夫ね。」
レテシアが離れていく。しかし、涙がこみ上げてきて胸が痛く、レテシアを引き寄せ抱きしめた。そして泣いて叫んだ。
「クレアさんに会いたくなったんです。」
レテシアはカスターを抱きしめ返し、頭を撫でた。
カスターの思いの中では、さっきの幻想は治療を受けていたあの時と同じだと感じた。
不安があるから、幻想を見てしまう。レテシアに抱きしめられて初めて、今までの幻想は意味のあるものだと悟った。もう、不安にかられることもないだろう、そう感じた。
甲板に近い、タンクのそばでカスターたちをレインは見ていた。ジリアンも気がつき、驚き慌ててそちらに向かおうとしたがレインに止められた。
「どうして?他のひとにみられたりしたら…。」
「みんな、知ってるんだ。母さんの心のなかにはいつも、父さんがいてるって。」
ジリアンがキョトンと見ていた。
「でも、キャスが。」
「キャスはクレアさんに会いたいって叫んでいたよ。僕たちが思ってるよりずっと重く苦しくてつらかたんだと思う。クレアさんの死を。」
そう言うとレインは作業を再開した。ジリアンはレインのことが理解できないでいた。クレアの死をつかく感じているカスターことはわかっているつもりだった。しかし、そのことと今、レテシアに抱きしめられている意味がわかってはいなかった。
ベッドの中でカスターはイリアから、聞かされた話を思い返す。
イリア自身はずっとレテシアと一緒にいられると思っていなかった。最初からロブやレインの話を聞かされていて、一緒にいてるのは一時的なものだと覚悟していたようだ。レテシアの命と引き換えに、数々の指令を受け、あの時のSAFに乗り込んでいたことを聞かされた。目的はジョナサンを始末することだったが、クレアの状況をイリアの知る限りのものが語られた。
「クレアさんは殺していない。信じて欲しい。しかし、黒衣の民族のハーフは相手の信用を失わないために殺すしかなかった。」
アルバートは信用を得るための犠牲となり、レテシアを守るためにも、イリア自身が汚れ仕事をこなしていっただけということだった。
イリアの言う事をすべて信じ、受け入れることはできないと思った。少なからずとも、クレアの死にはイリアの責任もあると思えた。しかし、今ここで、イリアを責めるのは、別物だとも思っていた。クレアが望んでいないと感じていたからだった。
そして、クレアの望みは、ロブとレテシアの復縁であるということ思い出し、イリアとはその点で協力し合う必要性があると、考え始めていた。
イリアは言う。
「会った時から、レテシアはロブの話ばかりする。それが何を意味するのか、最初わからなかった。ロブに未練があるということだけでなく、人を愛することの本当の意味を教えたかったのだと思うの。あなたにはわかるかしら、カスター。」
そのレテシアの想いをイリアは感じていたからこそ、彼女を守りたいと思っていたと。そして、利用されるがままのろくでもない事象を断ち切るために、イリアはすこしずつ、動き出していると言った。
不安を取り除いてくれたレテシアを想い、カスターはイリアを受け入れることにした。受け入れで着なかった性的交渉は、情報を聞き出すための手段だったとおもうことにした。
一方、イリアの方は、手段を選んでいた。カスターを味方につけたのは、手に入れたい情報がそこにあったからだった。それはイリア自身が求めていた、レテシアのいない、自分の居場所につながるものだった。イリアが求めていたのは、セシリアが生んだ黒衣の民族との子、コリンのことだった。