第二十六章 空飛ぶ翡翠 5
レテシアのエアジェットひまわりは、誘導飛行した後、帰艦せずに別の地点に着陸した。
そこでは黒付くめの男が待っていた。
ひまわりから降りてきたのは、イリアだった。
「体よく事は運んだみたいだな。」
イリアは無言で手をだした。
「挨拶はないのか。」
「嫌いだ。」
何が嫌いなのか?と思いながら、男はポケットから赤い小瓶を取り出した。
その小瓶を取り上げようとすると男は持ち上げて交わした。イリアは睨めつけた。
「勘違いするなよ。ジョナサンが盗んだ物とは違うからな。」
「何が違うか、わたしにはわからない。」
「飲む代物ではないということだ。」
イリアは手のひらを見せて催促した。
赤い小瓶を手に取ると即座にその場から立ち去った。
男は最後まで話を聞けと言えば、 「嫌いだ。」と言い返してくると思い、そのまま見おくった。
いつもの手はず。ホーネットの指令は干渉しない。皇帝を信用しているから、出来ること。しかし、クレアの死から、レテシアのなかで揺らぎ始めている。
レテシアが溜め息をつくと、イリアは言った。
「心配は要らないわ。」
イリアはスワン村から連れ出されて、黒衣の民族に引き渡されてしまった。レテシアはイリアの母親に黒衣の民族から逃げてきた経緯を聞かされていたので決死の覚悟で奪還した。ジョナサンからは黒衣の民族の襲撃で拉致されたと聞かされた。
事実は違う。イリアは知っていたが、話せばレテシアを始末すると言われた。その様子から、指示は皇帝ではないことに気がついた。レテシアと接するうちに話さない方がよいだろうと思った。
レテシアといると楽しかった。同年代の女性といるみたいに気持ちがわかり合えた。
周囲には、敢えてぶっきらぼうな物言いをして別人の振りをする。ひまわりに乗って居るときだけ普通に会話した。レテシアのことは特別だという態度だった。
赤い小瓶を眺めて、イリアはジョナサンのことを思い出していた。
スワン村で育った彼女は、いかがわしい実験の話を耳にする機会があった。そのひとつがレッドオイルだ。
ジョナサンからレッドオイルの話しが出たとき、それとなく相手の思惑に探りをいれて、言ってみた。
「レッドオイルをグリーンオイルに混ぜると、爆発するらしい。」
果たして、ジョナサンは試した。しかし、結果はその通りではない。噂でしかないと言い放ち、また違ったことを言ってみた。
「飲んでみると強靭的な体になるかもしれない。」
本当に飲んだのは、言ってから時間が経ってからの話だった。
ジョナサンは、グリーンオイル製造会社の社長から皇帝を動かすよう指示されていた。
皇帝からも社長からも、良いように動かされているだけだと気づき始めて、裏切りをもくろんでいた。
イリアはそれを察知して利用した。
実際、ジョナサンが手に入れたレッドオイルは飲む専用で、それは黒尽くめの男から聞かされた。
手渡されたレッドオイルを何に使って、どんなものなのかは知らされていないが、だいたいの検討は付いていた。
なぜ、自分がグリーンエメラルダ号に乗せられているのか、そう考えれば察しがついた。
しかし、それはイリアにとって捨て駒扱いであることぐらいは理解できた。だから、知らない振りを通さなくてはいけなかった。
イリアの筋書きに大幅な修正をしなければいけなくなった。
レテシアを失わずにホーネットから抜け出す方法は、おそらくロブにしかできないだろうと考えた。
「イリア、わたしはなにか間違っている事をしているのかしら。」
「そんなことを考えては前に進めないわ。そうでしょう。」
「ええ。でも、本来わたしがしたいことが出来なくなっているような気がして仕方がないの。」
「ロブとレイン、ジリアンを守ること?彼らにわからないように動くのは難しいでしょ。黒衣の民族を根絶やしにすることが難しいのと同じだわ。」
「それは次元が違いすぎるわ、イリア。」
「そうかしら。せめて、タカシだけも滅んでもらわないといけないわ。」
「イリアが幸せになるためにね。タカシからロブを守るために、ホーネットに入ったのだもの。」
月夜に輝くオレンジの翼は、薄暗い電灯を思わせる。
グリーンエメラルダ号がひまわりを捕らえたとき、青い光を放って着陸誘導した。
レテシアが戻った時には、レインたちは就寝していた。
物音も立てずに、レインたちの部屋に入り、レインのベッドに寄りかかった。
寝息を立てるレインの頬をなで、物思いにふけった。
「オヤスミ、わたしのかわいい坊や。」
頭に口付けをして、そのまま、立ち去った。