第四章 それぞれの受難 3
サイレンが鳴り響き、小型空挺がスタンドフィールド・ドックに入ってきた。
タラップが降りてきて、中から、白衣を着た黒髪の女性が出てきた。
その後ろから、長身の白い制服を着た女性が続いて降りてきた。
作業服のロブと、キャスターがバケツとほうき、ゴミ袋を持ってあらわれた。
「ロブ、おはよう。」
「おはようございます。クレアさん。」
白衣を着た黒髪の女・クレア=ポーターはロブに手を上げて挨拶をした。
セミロングの黒髪を後ろに束ねて、顔は面長に目はキリリッとつりあがって整っている感じで、胸はさほど無くてもスレンダーな均整のとれたスタイルだ。
「おはようございます、クレア先生。」
カスターにそう言われるとクレアは、カスターの左頬を親指と人差し指でつまんで引っ張ったまま言った。
「このブオトコ。あたしのことを『先生』っていうなって言ってるだろうが。」
「ふあい、ずみまぜん。いだいです。ぐれあさん。」
クレアはカスターの頬から手を離した。
「ロブ、ブオトコの調教がちゃんとされてない。」
「はいはい、すみません。」
「調教って、ひどいです。ブオトコもひどいです。」
「おまえはブオトコで十分だ。言っただろう、整形しろって。」
「はぁ~ん、そりゃ、ロブに比べれば、見劣りするでしょうが、整形って。」
「おまえが悪いんだぞ、初めて会ったときにいった言葉があれだもんな。」
ロブはクレアに聞こえないように言った。
カスターもクレアに聞こえないように言う。
「僕の始めてのオンナになってくださいだったかな・・・。」
ロブは、クレアの後ろにいてる見慣れない女性に目がいった。
その女性はロブたちより背が高く、図体がでかいと言った感じで太っているようには見えない。
顔も普通で目立つ要素はない。髪は薄茶色で癖毛があるようだ。
ロブの目線に気がついたクレアがその長身の女性を紹介した。
「ああ、ロブ、紹介するよ。わたしの新しい相棒のコーディ=ヴェッキアだ。」
「はじめまして、よろしく。ロブ=スタンドフィールドです。」
ロブが手を差し出すと、コーディは黒い筒を右手で抱えていたので、持ち替えて右手を差し出した。
「はじめまして、よろしくです。コーディです。スタンドフィールドさん。」
「ロブでいいよ。ここはスタンドフィールド・ドックだから。」
そういって、笑顔のロブだったが、握手は大きく振られて、妙な感じだった。
「では、ロブさんで。」
コーディにそういわれて、ロブは拍子抜けした。
「そして、こっちのブオトコの・・・・・・。」
「クレアさん、酷いです。ブオトコって紹介するなんて。僕の名前は、カスター・ペドロです。キャスって呼んでください。」
「ああ、よろしくです。キャスさん。」
「・・・・・・、なんか硬いですね。」
カスターは苦笑いをして答えた。
「ああ、コーディってこういう子なんだ。前にお金持ちの介護士をしていたから、ちょっとお堅いかな。ま、気にするなよ、ロブ。」
「ああ、はい。」
コーディはロブをまじまじと見つめると、不適な笑顔をうかべて、会釈をしてその場から立ち去ろうとした。
そのしぐさに、違和感を感じたロブだった。
「食堂へ行って、ジゼルにコーヒーでも入れてもらうから、そのあと上で話をしよう、ロブ。」
「はい、わかりました。用事を済ませたら、すぐに行きます。」
二人が食堂に向かっていく姿を眺めていたカスターは言った。
「相変わらず冷たい。その冷たさが快感になるんだよねぇ。」
「馬鹿なこと言ってるなよ、仕事するぞ。」
「はぁい。」
眉間にしわを寄せながらも、ロブは空挺に乗り込んだ。
クレアとコーディが食堂に入ると、ジリアンとジゼルがいてるだけで、他の誰もいなかった。
クレアがジリアンの顔をみて、驚いていった。
「ジル、久しぶりだが、どうしたんだい、その顔。」
「あ、おはようございます。クレアさん。おひさしぶりです。あ、これ、ちょっとぉ。」
「おいおい、喧嘩の勲章かい。ジルが売られた喧嘩を買うような子だとおもわなかったけどね。」
「クレアさん、おはようございます。ご無沙汰してます。」
「ジゼル、おはようさん。ご無沙汰だったね。チビは元気かい。」
「あはは、はい、おかげさまでとっても元気です。コーヒー、ええっと、二つですか。」
「ああ、頼むよ。」
ジリアンはそのとき初めて、クレアの後ろに女性がいることに気がついた。
長身の男性がいると思っていたが、クレアがテーブルの席について、その人が女性であることを認識できたのだ。
ジリアンがコーヒーをもってきて、テーブルに置いた。
「紹介するよ、コーディ。この子が先ほどのロブの弟でジリアンって言うんだ。
ジリアン、この人はあたしの新しい相棒でコーディって言うんだよ。」
「はじめましてよろしくです。ジリアンです。ジルってみんなには呼ばれてます。」
「はじめましてよろしくです。コーディです。ジルさん。」
年齢の低い人に対してさんづけするコーディをみて、ジリアンは少々驚いた。
「気にするな、こういう女性だから。それよりレインはどうしたんだ。」
「ああ、ちょっと。街で暴漢におそわれちゃって、右腕を骨折してしまって。」
「ええ、それは物騒だな。レインはドックにいないのか。」
「そうなんです。診療所にいるんです。」
「マークのとこか。ジルもそのとき、その痣ができたのか。」
「いえ、これは違うんです。そのぉ。」
「言いたくなければ無理して言わなくていいよ。」
その時はじめて、クレアがコーヒーに口をつけると、それを確認してからコーディはカップに手を伸ばした。
「コーヒーいただきます。」
「遠慮なく、飲んでてよ、コーディ。」
しばらくして、食堂に、ラゴネが入ってきた。
「よう、クレア、ひさしぶりじゃな。」
「ああ、じいさま。ご無沙汰してます。」
笑顔でクレアは挨拶をした。
「ほれ、これで体を休めるといい。」
ラゴネは、酒の瓶をクレアに渡した。
「ちょうどいいな。いただきます。じいさま、紹介します。こちらはあたしのあたらしい相棒でコーディ=ヴェッキア。
コーディ、こちらは、スタンドフィールド・ドックのグリーンオイル製造責任者のラゴネ=コンチネータさんでみんなからはじいさまと呼ばれている。」
コーディは椅子を引き、立ち上がって、会釈した。
「はじめまして、よろしくおねがいします。コーディです。」
「おお、よろしくな。」
クレアは立ち上がった。
「じいさま、ここに座ってください。」
そういうと、クレアは、瓶をコーディにわたし、コーディのそばにおいてあった黒い筒を持った。
「コーディ、じいさまに、アレックスの話を聞かせてもらいなさいな。楽しいよ。」
「はい。」
「アレックスの話か、いいぞ、してやるぞ。」
クレアは、自分の飲んだコップを手にもち、洗い場に持っていった。
「ジゼル、ごちそうさま。」
「いえいえ、あとで、うちによってくださいね。チビの成長ぶりを見に来てください。」
「ああ、覗かせてもらうよ。」
ジリアンがラゴネの飲み物を用意して持っていこうとしていた。
「クレアさん、展望台に行くんですか?」
「ああ、そうだよ。ロブと話があってね。」
「では、あとで兄さんの分と飲み物を持っていきますね。」
「ああ、ありがとう。」
そういうと、クレアは、食堂を出て行った。
空挺内の掃除を終えて、ロブとカスターは出てきた。
「思った以上に汚れていなかったな。コーディがいたからかな。」
「前の相棒って、男だったかな。」
「ああ、酒飲み友達って感じだったな。」
「男女の仲って感じじゃなかったね。」
「お前はすぐそういう話に持っていくだろう。」
ロブは大きな布袋をひとつ手にしていた。
それをみて、カスターは片手にゴミ袋をたくさん持って、空いた片手で手を出した。
「展望台に行くんだろ。それも片付けておくから。」
「冗談だろう。これはクレアさんたちの洗濯物が入ってるんだ。ジゼル用の洗濯籠に直接入れに行く。」
「げ、なんですか、その物言い。まるで変態あつかいじゃないですか。」
「どうしてそこだけ、敬語なんだよ。クレアさんは、お前に洗濯物をいじられたくないんだよ。」
「前回も何もしてないんだけどな。」
「やりそうで怖いって、言われてるんだよ。」
「よく覚えてるね、ロブ。」
「調教してないって、言われてて、それぐらい覚えてないと何を言われるかわからないさ。あとのことは頼んだぞ。」
「ラジャー」
ロブは洗濯室にむかった。
カスターはその後姿をみて、ニヤニヤと笑った。
展望台にロブが入ると、クレアが景色を見渡して立っていた。
「遅くなってすみません、クレアさん。」
「ああ、別にいいよ。ここは全然変わらないよなぁ。景色も良い。空気もいい。風が気持ちいい。」
ロブはヘアのドアを閉めた。
「話って何でしょうか。」
「マークから何か聞かなかったかい。」
「ああ、なにかわけのわからない連中がきて、ダンさんやクレアさんの話を聞いてきたとか。」
「ひとつは、グリーンオイル財団の連中。もうひとつは・・・・。」
「黒衣の民族ですか。」
「みたいだな。連中はあのことを調べているらしい。」
クレアは白衣のポケットから、イヤフォンを出し、左耳にだけ入れた。
ポケットにはなにやら機械がはいっているらしい。
ロブはその様子をみて、なにかを疑っていることに気がついた。
「クレアさん、まだ、人集めには時間がかかりそうです。」
「10人くらいいたら、いいさ。ロブとコーディ、ディゴと・・・ブオトコって信用できるのか?除隊した奴だろ。」
「裏はちゃんと取ってますよ。嘘は言ってません。なにかを調べるために、ここに来たのかもしれませんが、目的はあのことではないでしょう。」
「なぜ、そう言い切れる。」
「セシリアのことを俺が話すまで知らなかったんです。演技をするなら、セシリアの話を聴いて泣いたりしないと思います。」
クレアは、ロブの話を聴きながら、その場をうろうろと歩き始めた。
「カスターの養子先の家庭は里親をやっていて、たくさんの里子を預かっていました。その経歴に嘘はありません。」
「それで?」
「その里子のなかには、虐待されて苦しんだ子供もいたそうです。その子供のことを思い出して涙が出たということです。」
「ふ~ん。演技じゃないってなぁ。」
クレアは立ち止まったとたんに、左手で、計器類の横を強くたたきつけた。
バーン
すると、部屋から離れたところで、うめき声がした。
「ウギャーッ」
ロブはしかめっ面をした。
クレアはあきれた顔をした。
ロブは部屋を出て行くと、しばらくして、カスターの腕を引っ張って、展望台につれてきて、クレアの前に突き出した。
クレアは、両手でカスターのほっぺをつまんで引っ張った。
「おまえ、何をしてたんだ。」
「ぶあい、ずみまぜん。ずぱいとかではありまぜん。いだいでず。ぐれあざん。」
両手でおもいっきりひっぱったあと、手を離した。
「ぐあぁっ」
ロブはあきれてものが言えなかった。
両手をほっぺで抑えてカスターは言った。
「ごめんなさい。つい出来心で、ふたりのラブラブな会話を聞いてみたいと思って。」
「馬鹿か、おまえは!」
とロブが言ったが。
「馬鹿はお前も一緒だ、ロブ。」
クレアは、怒ってはいなかったが、何でもお見通しといった風だった。
「調教しろって言っただろ。仲間にするなら、調教しろって言っただろ。」
「はい、すみません。」
ロブは素直に謝った。
カスターは目に涙をためていた。
「ロブ、おまえに仲間を巻き込む勇気が無いのなら、あたしの手助けをするって言ってくれたことは無かったことにしてくれ。」
そういって、クレアはロブに背中を向けた。
ロブは真剣な面持ちでクレアの後姿を見ていた。
「こんな僕でも、クレアさんの仲間にしていだけるのなら、なんでもします。変態行為は改めます。」
「キャス、変態って・・・・、おまえ。」
ロブは脱力感を味わった。
「まぁ、いい。今までの会話を聞いたんだな、カスター」
「あ、はい。」
赤いほっぺをしてカスターは直立不動になった。
「スパイじゃないって、言い切れるのか。」
「もちろんです。」
「ロブの言っていた、何かを調べようとしているっていうのはどういうことだ。」
「いや、僕は何も調べるつもりは・・・・、ただ、ロブが隠し事をしているのなら、僕も知られたくないことを隠しておきたいっていうか。」
「隠し事?」
「えええとぉ、スパイとか、そんなことは全然、関係ない話です。」
「信じてやってください、クレアさん。」
「ロブ、こころあたりがあるのか。」
「う~ん、その辺はわかりませんが。」
「はぁん、探られたくない腹ってやつか。」
「察しのよい方ですね、クレアさんは。」
「お前に言われたくない!」
クレアはまた、カスターのほっぺを両手で引っ張った。
「ぐあぁ~」
BGM:「LADY MADONNA~華麗なるスパイダー」LOVE PSYCHEDELICO