第二十六章 空飛ぶ翡翠 1
「シモン、お世話になりました。」
ジリアンは慎重な面持ちで挨拶をした。
「6ヶ月くらいだったかな、そんなに月日が経ったように思えないな。もう、お別れとはね。寂しくなるよ。」
ガラファンドランド・ドックは、スタンドフィールドと違っていた。男が多く作業も重労働なうえ、行程的にスピードがあって、嫌でも筋力がついたと運動嫌いのジリアンでさえ実感していた。
「カスターがいてくれたおかげもあって、兄さんのいない日々をなんとかやり過ごせた感じです。」
「そうだな。ここはスタンドフィールドとちがって、軍の色が濃いからな。毛色の違いはカスターのアドバイスもあって良かったな。」
「いやいや、それほどでもないです。軍隊のやりかたでこの子達に当たっていたら、体壊しちゃいますよ。」
「まぁ、ひととおりのルールやしきたりっていうのがわかれば、グリーンエメラルダ号でも役に立つだろう。」
「そうですね。ほんとうにお世話になりました。」
二人は、深々とシモンにお辞儀をした。
小走りでレインがやってくると、息を切らしていた。
「お、おはようございます、シモン。お世話になりました。」
「ああ、レイン。昨日、ダニエルは大丈夫だったかな。」
「ええ、カスターの部屋で寝かせてもらったので、最後の日も何とか。」
しみじみと、シモンはレインを見ていた。
「なにか?」
「ああ、いや。ずいぶんとたくましくなったなって思ったのさ。」
レインは照れくさそうにして笑った。
カスターもしみじみそう思った。スカイエンジェルフィッシュ号にいてる時も体は鍛えていたが、ガラファンドランドでは力自慢腕自慢の男たちから手ほどきを受けていた。
マッチョ嫌い運動嫌いのダニエルから逃れるためでもあったが。
顔は相変わらず童顔でレテシア似だったが、体つきは男らしくたくましくなった。
自分の体を手で撫でてレインと比べていたジリアンにカスターは頭を撫でた。
「ジルはジルらしさがあるさ。」
「わかっているさ。」
シモンは三人の手をそれぞれとって、握手を交わした。
「元気でな。」
ガラファンドランドのデッキにはすでに、小型の空挺が待機していた。
三人がそれに乗り込むと、しばらくして、離岸した。
悲しみにくれていてやってきたころとは違って、不安は自信に、辛さは強さに変えて、旅立った。
一方ロブは、リハビリを終えて、診療所から出ることになった。
「男前が台無しだな。」
「オレをからかうなよ。」
顔と頭部の一部に火傷のあとが残り、少々グロテスクだった。
ジェフはロブの火傷の部分を片手で覆った。
「仮面でもつけるか。」
「オレは人形じゃないんだ。」
「痛々しくてレテシアにあわせられないな。また、泣くぞ。」
「また、会うのかよ。」
「もう、会わないつもりか。」
言葉につまって、歯を食いしばる。
「それより、これからどうするんだよ。」
「それが、セリーヌが自由に動けなくなったんだ。」
「セリーヌが?それと俺たちとどう関係するんだ。」
「セリーヌはクレアさんの指図で動いているところがある。コーディが生前のクレアさんの言葉を伝令しているようなものなのだが。」
「亡霊の指図か。」
「亡霊とか言うのか。」
「俺たちの取っちゃ亡霊だ。」
「侮るなよ。お前のことは隅から隅まで動向を計画されているんだからな。」
「まてよ、本気で言っているのか。」
「ああ。」
「冗談じゃない。それがクレアさんへの手向けとか言うなよ。」
「クレアさんがお前を信用していたら、オレを使って回りくどいことはしなかっただろうな。」
「レテシアのことか。」
「ご明察。」
「話しずれてないか?セリーヌは?」
「レテシアをグリーンエメラルダ号から降ろしたことがセリーヌの指示によるものだと皇帝が知って、財団に働きかけたらしい。」
「嫉妬か、まさか。」
「まぁ、あまり、動いて欲しくなかったのだろう。」
「ジョナサンのこともあるからか。」
「いちばん、懸念していることはロブがグリーンエメラルダ号に乗ることだろう。」
「それは絶対無いな。艦長が認めない。」
「まぁ、そうだな。」
「で、これから、俺たちはどうなるんだ。」
「まず、コーディとガラファンドランドで落ち合うことになった。」
「シモンのとこか。」
「それから、亡霊の指示を仰ぐことになる。オレはそこから別行動だ。」
「はいはい。やっとお役目御免ってわけだな。」
「野郎の子守は楽ではなかったが意外と楽しかったよ。」
「おいおい。」
二人は荷物をまとめて、診療所を後にした。
ロブは改めて、診療所の周りを眺めた。いままでは、空挺に関係するいろいろな土地に立ち寄って、どこへいこうがお構い無しだった。
最初はそうでもなかったが、ここはのどか過ぎて時間の流れがスローペースなので、居心地が悪かった。
体の自由がききはじめて、居ても立てもいられなくなった。
火傷のあとを自分で手で撫でてみて、ふとつぶやいた。
「生まれ変わった気持ちで気合を入れていこうか。」
ジェフは振り返って、笑顔を向けた。
「道化師にでもなるか。」
「ああ、いいな。」
空に浮かぶ翡翠と言われたグリーンエメラルダ号。
軍艦、戦艦とちがって、その進行速度は遅い。
どっしりと構えたような装備はグリーンオイルを製造するタンクを所蔵しているからだが、隠れるように大砲も装備されている。
小型空挺から、グリーンエメラルダ号を上から見下ろして、レインたちはこれからのことに不安があったが、期待も混じっていた。
乗船して、初めてではなかったので挨拶もそこそこにして、レテシアに案内されて、自分たちの部屋を通された。
「監獄のような部屋だけど、我慢してね。」
二段ベッドが左右にある小さな部屋だった。
周りは他の男性クルーの部屋になっていて、レテシアの後ろでものめずらしそうに眺めていた。
「みんな、よろしくね。民間乗組員だから。」
レテシアは嬉しさを隠し切れなかった。
抱きしめて、手をつないで、つれまわしたい気持ちを抑えて、軍人らしく振舞うことに専念していた。
食堂に案内された後、ジリアンの希望で、エアジェット格納庫に向かった。
そこでレテシアの機体・ひまわりで整備する少女がいた。
レテシアが嬉しそうに彼女を呼びつけると、レインたちに紹介した。
「わたしの相棒で、イリアというの。レインと同じ年頃よ。15歳になったけどね。」
レインとカスターはイリアの姿をみて、驚愕していた。
白髪のおかっぱの少女、イリア。
二人がその姿をみて、思い浮かべたのはカオル・ロックフォードだった。