第四章 それぞれの受難 2
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
コリン(レインのクラスメイト)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
キャシー(レインのクラスメイト)
ポーリア(レインのクラスメイト)
ケイト(レインのクラスメイト・プラーナの隣人)
マーク=テレンス(タイディン診療所の医者)
ミランダ=テレンス(マークの妻・診療所の看護士と医療事務員)
クレア=ポーター(ダンの養女・医者)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
カスターが診療所に着いたとき、キャシー、ポーリア、ケイトという女の子たちが診療所を出ていた。
エアバイクにまたがるカスターをみて女の子たちは口々に言った。
「ねぇ、あれ、レインのお兄さんなの?」
「まさか。レインのお兄さんは美男子だって聞いてるわよ。」
「絶対違うわよね。」
その会話が聞こえなかったわけではないが、聞こえない振りをしてカスターは女の子たちに声をかけた。
「こんにちわ、お嬢さんたち。」
カスターは笑顔でそういったのだが、女の子たちはうす気味悪がって、挨拶もそこそこにその場を足早に去った。
カスターは首をかしげて、診療所の中に入ると、ミランダが忙しく歩き回っていた。
「キャス、レイニーを迎えに来たのかしら。」
「ええ、そうです。今日つれて帰ってもいいって聞いたから。」
「それがね・・・・。」
ミランダが話そうとすると、部屋からマークが出てきた。
「おお、キャス来たか。レインが女難に見舞われてな。」
「あなた、そんな言い方しないでちょうだい。」
「は、女難?」
カスターが部屋の中をのぞくと、そこには泣きじゃくったレインがいてた。
レインはカスターのほうへ向かって言った。
「ごめんなさい、キャス。僕、今日、ドックに帰れない。」
「え、どうかしたのかい?」
カスターには部屋の奥にある窓のガラスが破られているのが見えた。
泣いているレインの頬に青痣ができているのも確認できた。
しかし、カスターにはなにがなんだかわからなかった。
「あのね、キャス、女の子たちがレインをたずねてきてね。
レインが女の子たちを嫌がって窓から逃げようとしてね、こうなちゃったの。」
ミランダが事の顛末を話した。
診療上の前で会った女の子たちのことだとカスターは考えた。
「な、女難だろ。モテる男はつらいな。」
「そんなの。ぐっすん。」
「はぁ、怪我が増えてしまったわけなんだ。右腕の具合はどうなんでしょうか、先生。」
「ああ、石膏が割れてしまったので、作り直したとこだよ。レントンゲンの結果待ちだが。足も捻挫したみたいだし。」
「ううっ、今日帰れないよ、キャス。」
レインのそばに寄ってきてカスターはベッドに座った。
「気にしなくていいよ。今ね、プラーナのところへジルを連れて行ったんだ。だから2回往復することになっててね。」
「プラーナのお誕生会があったのね。さっき女の子たちも話してたわ。」
「ジルは行くつもりなくてプラーナにはそう伝えていたらしいんだが。」
「僕が怪我をしたからでしょ。」
「うん、でも、落ち込んでるプラーナをみかねてお母さんから連絡があったんだ。最後の誕生会になるかもしれないからぜひ来てほしいと。」
「あら、どうして最後なの?」
「プラーナは寄宿舎学校へ入学するかもしれないからだよ。」
「でも、行くことにしたのね。」
「ええ、ロブと僕とで説得したんです。行かなかったと知ったらレイニーが悲しむだろうって。」
「うん。」
「ジルは、プラーナの大事なお友達なのね。」
「初等科にいてるときは、いつもふたり一緒なんだ。」
「レイン、おまえにはいないのか。」
「先生、その話は僕には関係ないでしょ。」
「いないってことか。あの女の子たちのひとりを選んだらいいじゃないか。そうすればまるくおさまる。」
「あなたはもう、そんな言い方をする。ごめんなさいね、レイン。」
「いや、大丈夫です。」
「すみません、先生、ミランダさん。僕たちふたりで話をしたいことがあって。」
そういうとカスターは、すまなさそうにし、二人は気をきかせて病室から離れた。
カスターは部屋のドアを閉めた。
「話ってなに?キャス。」
「ホーネットクルーの女性の話だよ。」
「え、もう調べてくれたの?」
「まぁ、調べたというより、軍のパイロットだったひとに話を聴いたんだよ。」
なにから話そうかなと楽しそうに笑顔でレインを見るカスターに対して、なにかしら不安を感じたレインだった。
「レインの言っている女性は、レテシア=ハートランドという人で、昔、ロブの恋人だったらしいんだ。」
「ええ!兄さんに恋人がいたの?そんなの初耳だよ。誰もその話してくれなかったよ、キャスは聞いたの?」
「直接的にはロブから聞いてないけどね。聞いた人の話しじゃ、ホーネットクルーに入隊していたときのレテシアさんはスタンドフィールドドックの若い男と交際していたという話をしていたんだ。」
「ああ、だから僕はホーネットの機体に乗せてもらえたわけなの?」
「まぁ、恋人の弟を同乗させることは認められないだろうから、別の機体に乗せてもらった記憶じゃないかな。」
「ああ、そうか、そういうのもあるよね。へぇ、兄さんの恋人かぁ。」
「すっごい、美人らしい。会ってみたいよなぁ。」
「ドックの若い男っていっても、フレッド兄さんもいてるよ。」
「ああ、ロブより3歳上の女性だから、フレッドだと2つ上になる。若い男っていうことは年下男っていう意味だよ。」
「ああ、そうなんだ。ええ、想像できないなぁ、兄さんの恋人だなんて。」
「だあな。レイニー、この話は内緒にしていてくれないかな。」
「なになに?」
「ロブから聞いた話なんだけど、発端はクレア先生のこと深い仲じゃないかと勘ぐって言ったときのことなんだ。」
「ええ、兄さんとクレアさんが?」
「ああ、そうしたら、ロブは初恋の話をしたんだ。」
「へぇ、どんな?」
「11歳のとき、エア・ジェットでスクリュー飛行に背面飛行する女の子の話さ。」
「ええ、すごい。そんな女の子って、まさか。」
「そう、レテシアさんだ。ロブは名前を言わなかったけどね。
軍のパイロットだった人に聞いた話だとレテシアさんはそれが得意だったみたいだ。
それに、スカイロード上官育成学校に入隊していたからね。」
「へえ、エリートパイロットだったんだ。すごいね。」
「だろ、ロブが恋をした女性ってのは、エリートパイロットだったんだよ。クレア先生じゃないって言いたかったんだよ、ロブは。」
「はぁ、そうなんだ。なんか、心のもやもやが少しずつ晴れていくようだよ。ありがとう。キャス。」
「いえいえ、どういたしまして。この話はロブに内緒な。」
「うん。」
「じいさまやディゴ、ジゼルは知っているはずなのに、そんな話ぜんぜんしないもんな。きっと、ひどい別れ方したんだよ、ふたりは。」
その言葉を聴いて、レインはロブに「忘れろ!」と夢の中で怒鳴られたことを思い出した。
「そうなんだねぇ。だからかな、レテシアさんの顔を覚えていられないんだ。」
「レテシアさんは国家指定補給空挺グリーンエメラルダ号に搭乗しているらしいから、いつか会えるかもしれないね。」
「そんな時って来るのかな。」
「来るさ。昔はグリーンエメラルダ号がドックに入港した事が記録に残っていたし、そのうち来るさ。会えるのを楽しみにしていよう。」
「そだね。」
苦笑いしながらレインはこたえた。
「ロブには、退院が延びたことを伝えておくよ。」
そういって、カスターはベッドから立ち上がった。
「うん」
レインは悲しそうにそうこたえた。
「あ、クレア先生の話がでてたけど、近々来るの?」
「お、ビンゴだ。通信がきてたよ。ドックに行くって。」
「はぁ、そうなんだ。」
「ロブに頼まれてたんだ、テレンス先生が心配しているだろうから、クレア先生のことを伝えてくれって。」
「ああ、そうだね。」
「じゃ、これで僕は帰るね。ジルを迎えに行くよ。」
「うん、ジルにも伝えてね。心配しないように言ってね。」
「ああ、わかったよ」
病室を出たカスターはマークのところへクレアの話をするために、診療室をのぞいた。
バシッ、ガッシャーン
大勢の子供たちがプラーナの誕生会にやってきて、お祝いをするなか、招待されていないコリンが乱入し、おもむろにジリアンをなぐりつけた。
「キャーッ」
「いきなり何をするの、コリン」
プラーナがジリアンをかばい、コリンの前にたちはだかった。
「こいつは、兄貴が暴漢に襲われて寝込んでいるっていうのに、パーティにでてなにを楽しんでるんだ。」
「コリン、それは違うわ。わたしが来てほしいって頼んだのよ。」
そういって、プラーナの母親は割り込んだ。
それでも、プラーナを押しのけて、ジリアンの胸倉をつかもうとするコリン。
「殴りたければ、殴ればいいじゃないか。僕は殴られたって痛みなんか感じないんだから。」
「何を強がって、言ってるんだ。おまえはなにもわかっちゃいないんだ。レインは弟思いの奴なのに、お前ときたら・・・。」
「やめるんだ、コリン。」
そこへプラーナの父親が出てきてコリンを後ろからはがいじめにした。
「子供の喧嘩に大人が口をはさむようなことはしたくないのだが、今日はプラーナの最後の誕生日会になるんだ。悲しい思い出にしたくない。」
コリンはプラーナの父親に押さえ込まれながらも、ニヤリと笑った。
コリンの笑った顔をみて、ゾクッとし、ジリアンは少しおびえた。
「わかったよ、終わりにするよ。帰るよ。おじさん、迷惑かけちゃったね、ごめん。」
コリンは下を向いて、そういうと、子供たちをかき分けて、部屋を出て行った。
プラーナが涙を流してジリアンをみていた。
ジリアンはその姿をみて、呼吸が荒くなりはじめてた。
「すーはぁ、すーはぁ。プラーナ、ごめん。こんなことになって。すーはぁ、すーはぁ。」
「ううん、いいよ、ジリアン、大丈夫?」
「すーはぁ、すーはぁ、おじさん、おばさん、本当にごめんなさい。すーはぁ、すーはぁ。」
「ジリアン、しっかりして、どこか怪我をしていない、大丈夫なの?」
プラーナの母親は、ジリアンの様子をみながら、怪我をしていないか確認をした。
ジリアンは怪我をしていないことをうなづくことで伝えた。
「ジリアン、落ち着いて、ゆっくり呼吸をするんだ。なにも気にしなくていいんだよ。」
プラーナの父親はジリアンの背中をさすった。
状況を見守っていた子供たちが心配そうにしているので、プラーナの母親は気遣って子供たちを帰らせようとした。
「みんな、ごめんなさいね。楽しんでいたところ。プラーナは来年、寄宿舎学校に入学するから、今回がお誕生会最後になったの。
一緒には中等科にいけないけど、それまではプラーナと仲良くしてあげてね。これでお開きにしましょう。」
そういわれて、子供たちはそれぞれ身支度をして部屋から出て行き始めた。
子供たちがいなくなったあと、ジリアンとプラーナを気遣って、プラーナの両親は二人を残して部屋を出た。
荒くなった呼吸が落ち着き始めたころ、プラーナはジリアンに抱きついた。
「ジル、今日、来てくれてほんとうにうれしかった。だから・・・。」
「プラーナ。寄宿舎学校へ行っても、勉強に差し支えなかったら、手紙をくれるかな。」
「うん。手紙を書くわ。」
「大好きな植物の勉強をがんばってね。」
「うん。がんばるね。ありがとう、ジル。」
そのとき、はじめて、ジリアンは、自分のために、涙を流した。二人は強く抱きしめあった。
カスターが迎えに来たとき、ジリアンの左の頬に見て驚いた。
「どうしたんだよ、ジルまで、そんな青痣つくって。」
「僕までって、そんなつもりはなかったけど。キャス早かったね。」
「ああ、レイニーも青痣が顔に増えていて、石膏がくだけて退院が延びたよ。」
「え、レイニーも誰かに殴られたの?」
「え、違うけど、ジルは誰かに殴られたのか。」
「ああ、うん。大丈夫だよ。いつものことだから。そのプラーナに迷惑かけちゃったなって思って。」
「誰に殴られたんだよ、ちゃんと言うんだ。」
いつになく、怒った口調でいうカスターに驚いてジルは答えた。
「パン屋のコリンだよ。レイニーとはクラスメイトでいつもべたべたしている奴で、僕には意地悪をいつも言うんだ。」
「どうしてまた、そんなことになったんだ。」
「レイニーが寝込んでいるのに、弟がパーティーにでているのはどうしてだって。」
「コリンは、レイニーの気持ちを知らないんだな。」
「コリンは両親がいてるけど、兄弟がいないから。
僕も悪いんだ。コリンにいじわるして、診療所に行かないようにドックにいてるって言って、見舞いにこさせないようにしたから。」
「そうか。それにしては、ひどすぎるな。プラーナの誕生会が台無しになっちゃっただろ。」
「うん、僕もそんなことになって、つらいんだけど、プラーナは僕が来てくれたことがうれしいって言ってくれたんだ。」
「そうか。来てよかったんだね。」
「うん。」
「じゃ、帰ろうか。ロブも心配するだろうから。」
カスターとジリアンはエアバイクにまたがり、エンジンをいれると、颯爽とその場所から走り去った。
BGM:「Boy's Don't Cry」KELUN
次回からは大人な展開が・・・・。w