第二十四章 傷を癒す 5
スカイロードの訓練施設。エアジェットの機体を点検し終わって、一息ついたエミリア・サンジョベーゼ上等兵に教官から一言あった。
「スカイエンジェルフィッシュ号が大破したとのことだ。メンバーのうちの何人かは行方不明で、生存が確認されていないらしい。」
「本当ですか、教官。」
「ああ。軍に救助の要請が入り、2名を救出したとのことだ。我々は合同訓練をしたということで、情報をいただいた。フェリシア上等兵にこのことを伝えてほしいのだが、頼めるだろうか。」
「フェリシア上等兵の件は了解しました。お聞きしたいことがあるのですが。」
「なんだ。」
「メンバーの詳細をご存知でしょうか。行方不明者が誰であるかとかは・・・。」
「わかっていることは、メンバーの中で医者の死亡が救出された者の口から聞きだされたとのことだ。」
「ク、クレアさんが、そんな。」
あまりのショッキングな内容に、エミリアは開いた口を手で押さえるだけで立ち尽くしていた。
「メンバーの少年たちは空挺には搭乗していなくて、無事だということもわかっている。しかし、救出されたのが誰でどんな状態かと言う詳細は伝わっていない。」
少年たちが無事、それはレインが無事だということ。そのことですこし気を取り戻した。
「そう、そうですか。クレアさんとは、体術訓練でご一緒させてもらったものですから、ショックが大きいです。」
「軍に所属している以上は、死とはいつも背中合わせだ。訓練中も死にゆく者たちも少なくない。しかし、スカイエンジェルフィッシュ号は軍部ではないし、人命救助のための空挺だったからな。こんなことになって非情に残念に思う。」
エミリアは敬礼をすると、教官に背を向け、荷物を手に取り、足早にその場を去った。
フェリシアは特別授業の飛行訓練を受けていた。エミリアは自室にもどり、荷物を床に置くと、体をベッドに沈めた。
(あの方が亡くなられるだなんて、信じられない。)
何も言わなくてもわかってくれる。そのこころの深さが内面からにじみ出ているような気がした。
レインが無事なら、それでよかったのか。自問自答して目を閉じると、レインが落ち込んでいる様子が浮かんできた。
(きっと、レインもショックを受けているに違いない。)
レインの兄や弟は無事だったのだろうか。キャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地で兄の話を聞いてくれた人は無事だったのだろうか。
次第に不安になって、じっとしていられなくなった。隣の部屋がフェリシアの部屋で、物音が響いた。
エミリアはベッドから這い出し、部屋を出た。
カスターはディゴと相談をしていた。レインとジリアンとでガラファウンド・ドックへ行く話しだった。
「オレは、ジゼルが心配しているので、スタンドフィールドドックに戻ろうと思う。」
「そうだね。誰かはスタンドフィールドにもどらないといけないよね。僕はガラファンドに行くつもりなんだ。」
「レインたちには自分たちで決めさせるといい。」
「そうだね。」
「シモンのところにいたほうが、スタンドフィールドを巻き込まなくて済むかもしれない。あそこは、ガラファンドほど防衛が整っていない。」
「うん、僕もそう思っていたところなんだ。」
そこへ、テオが現われたので、カスターは目を見開いて驚いていた。
「少佐、どうしてここに。」
「オレはもう、少佐ではない。」
「ほう、軍を除隊されたのですか。」
「ああ、そうだ。」
ディゴのさらりと受け流した受け応えに、カスターは反応できないままに、ただ驚くばかりだった。
「此処へ来たのは、お前たちを迎えにだ。」
「迎えに?」
「ああ、ロブの搬送が明日に決まった。お前たちをガラファンドへ連れて行く。」
「ロブの搬送って、財団の医療施設ですよね。少佐、あ、いえ、テオさんは財団に言われてこられたのですか。」
「いや、シモンに言われてた。こういうことは早いほうがいい。もたついていたのでは、いつ襲われるかわからない。」
「相変わらず性急ですね。わたしはスタンドフィールドドックにもどるつもりです。」
「そうか。そのほうが良いだろう。ディゴ、お前なら一人で大丈夫だな。」
テオがディゴの肩に手を置くと、ディゴは深くうなづいた。
「レインたちのことは頼んだぞ、キャス。」
「あ、はい。」
「おまえは大変だったな。クレアの話はガラファンドに行ってから、話を聞こう。」
「ディゴ。レインたちに決めさせる話・・・。」
「そうだな、念のため、意見を聞いて欲しい。それから、テオ少佐・・・いや、テオさんに話を通そう。」
ガラファンド行きで、レインは承知しなかった。ジリアンはレインの様子を伺って答えようとしなかった。
「僕はスタンドフィールドにもどりたい。ディゴと一緒に行く。」
「ジリアンは?」
「僕は・・・、レインと一緒に戻りたい気持ちもあるけど。ディゴが言うように、防衛という意味ではガラファンドの方がいいと思う。
スタンドフィールドは川に挟まれていて、侵入されにくく、空からはレーダーでキャッチできる。でも、攻撃されて反撃するための武器はほとんどない。」
ジリアンがそこまで考えていることに、内心自分の愚かさを痛感してレインは顔を青くした。
ジリアンはその様子にちらりと横目でみながら、話をつづけた。
「人命救助の訓練をいままで受けていたけど、これからは攻撃された時のために反撃できる訓練を受けたほうがいいと思う。
ガラファンドはスタンドフィールドと違って、軍の空挺が出入りしていることもあって、危機感があって訓練のし甲斐があると思う。」
テオもディゴも、ジリアンの言葉に関心していた。レインは自分の思量の無さを知り、次第に落ち込んでいった。
カスターはレインの様子に気がつき、両肩を抱いた。
「大丈夫。僕も一緒だから。」
「兄さん・・・。どうなるの?」
「財団の医療施設に搬送される。責任をもって、面倒を見ると言っている。」
「一人で大丈夫なのかな。」
「そうだなぁ、いつまでも、クレアが死んだことを告げないわけにもいかないしな。」
ディゴがそうつぶやくと、周囲の空気が沈んだ。
「ああ、そうだ。ジェフにまかせよう。」
「ジェフ?ああ、レテシアの同級生だったという・・・キャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地の。」
「ジェフも退役した。」
「え?」
「ジェフに話をして、ロブに話をしてもらおうと思う。」
「それは強引じゃないですか。」
「いや、大丈夫だ。ジェフはクレアにも通じている。クレアの事を聞いて、退役しているから、なにか知っているのかもしれない。」
「では、これで、決まりだ。オレはスタンドフィールドにもどる。キャスとレイン、ジリアンはガラファンドへ。ロブは財団の医療施設に。」
レインは腑に落ちない表情をしながら、深くうなづいた。ジリアンは心配そうにレインを見ていた。