第二十四章 傷を癒す 3
うなされていた。ちからいっぱい目を開けたら、白い天井が見えていた。
どんな夢をみたのだろうと思い出したくも無い。
カスターは天井をにらめつけて、脱臼した肩をさすっていた。無意識だった。
視線を感じて、そちらのほうを見る。いたのは、ジリアンだった。
「ジル、さっきからずっといたの。」
「うん。大丈夫?」
「大丈夫じゃないなんて、いえないよ。」
薄笑いをうかべて、上半身を起そうとすると、ジリアンが寄ってきて手助けした。
「ありがとう。なんだか、情けないな。こんな状態。」
「ううん。レイニーと僕が無事なのは、兄さんやキャスのおかげだよ。」
「ロブは?」
「レイニーが看病しているよ。」
「火傷、相当酷いんだったな。良くあれで生きていられたなって思うよ。」
「いまは痛みが酷くて、モルヒネを打たれているんだよ。」
「モルヒネ?」
「うん。無意識に寝返り打つと、唸ったりするから。」
「モルヒネか。中毒にならなければいいけど。」
「手とか、ベッドに縛られているんだよ。なんか、酷いって、見てる方も辛い。」
無言がしばらくつづいて、脱臼で済んだ自分は幸運だと思うようにしていた。
「悪夢は落ち着いてきたと思ったけど、まだまだだな。」
「キャスって、クレアさんを見取ったんでしょ。それって、大変なことだと思う。」
「はぁ~、そうだな。正直、実感なんて、沸かない。その病室の扉が開いたら、白衣のクレアさんが現れそうで。」
ジリアンが振り返ったが、ドアは開いていない。
「外の空気を吸いに行きたいな。介助してくれる?」
「うん、もちろん。」
横向きに寝かされているロブは、言葉がうまく発することができない。そして、口もなかなか閉じることができずに、よだれがこぼれていた。
そのよだれを都度ガーゼで拭き取るレインだった。顔、頭、背中、左腕が包帯で巻かれていて、足は無事だった。
目を開けてレインに必死に何かを伝えようとしていた。レインもその様子を知っていたが何も言わなかった。
聞きたがっていることが、クレアのことだとわかっているからだ。
ときどき目頭が熱くなり、ロブから目をそらす。いまここで、クレアの死を伝えたら、ロブはどうなるだろう。
自責の念で治癒力が低下するんじゃないかとジリアンが教えないようにしようと言った。
看護士が病室に入り、包帯を取り替える。それは目をそむけずに、みつづける。看病するというのはそういうことだろうと思ったからだ。
しっかりとやきつけておく。自分たちの命があるのは、ロブたちのおかげなのだからと。
睡眠薬を投与されて、眠る時間が設定されていた。そのときにレインはロブから開放される。
病室から出て、休憩室に向かおうとすると、カスターとジリアンが病院の庭で日向ぼっこしている姿がみえた。
レインは二人のところへ向かった。
病院の建物から出て、ジリアンと目があったところで、後ろから声をかけられた。
「レイン、無事だったのね。」
振り返るとそこには、深窓の令嬢姿のコーネリアスだった。
前にあったのは、ドレス姿だった。その前は、じゃじゃ馬娘らしいパンツスーツだった。
今、目の前にいるコーネリアスは見違えるような、落ち着いた感じの乙女だった。
「心配していたわ。スカイエンジェルフィッシュ号が事故にあったと聞いたのよ。」
目を丸くして、レインはコーネリアスをみていた。そして、コーネリアスの後ろに執事のピエトロが立っていてお辞儀をしていた。
「ああ。僕は無事。確かに、事故にあったけど、どうしてそれを?」
「級友で、軍事マニアがいてるの。とっても変わった子なの。軍の情報で救出劇があったって言うものだから。」
瞬きをしていないかのように、まっすぐとレインを見つめ、レインの次の言葉を待っていた。
「ああ。でも、僕はスカイエンジェルフィッシュ号には乗っていなくて・・・。」
「そうだったのね。それは幸いだったわ。」
「えっと、なぜここに?」
「父がこの病院に寄付をしているの。母が亡くなった病院でもあるのよ。」
「あ、そうなんだね。」
「事故から日にちがたっているけど、レインが無事なのに、どなたか入院されているの?」
コーネリアスの視線がレインから別のところへ移った。それがジリアンとカスターだとわかって、後ろを振り返った。
ふたりは、薄笑いを浮かべていた。その様子にすこし、恥ずかしさを感じた。
そして、レインは、コーネリアスの腕を取った。
「どこか別のところで話をしようか。僕のこと心配して来てくれたんだよね。ありがとう。」
「ええ、とっても心配したわ。でも、いいの。レインが無事だとわかったから。」
腕を引かれて、嬉しそうにコーネリアスはレインについて行った。
腕を離すと、コーネリアスは、レインの腕に自分の腕をからめた。
不思議そうな顔でコーネリアスをみていたが、笑顔だったのでそのまま歩いた。
「えっとぉ、僕の兄さんが入院しているんだ。」
「お兄さん?え、もしかして、農園であった素敵な男性。」
レインは農園であったことを思い出した。そう、コーネリアスはロブに憧れを抱いていたのだった。
あの時の目線が自分に向けられている事に気づいて、腕組みを離したくなった。モジモジしていると、コーネリアスは力強く腕を引く。
「どうしたの?心配いらないわよ。この病院のお医者さまにわたしのほうから、よくお願いしておくから。」
「ああ。」
嬉しそうにするコーネリアスをみて、後ろを振り返る勇気がなかった。
きっと、ふたりは変な目でみているだろうなと考えていた。